わたしは最近、Eテレの「100分de名著」という番組にはまっている。
その番組で、唯円の『歎異抄』や道元の『正法眼蔵』、三木清の『人生論ノート』などが取り上げられてきた。
とくに三木清の『人生論ノート』では、三木清が捉えた�犁�無�瓩蓮∪消�啓治先生などのニヒリズムにつながる�犁�無�瓩任呂覆�、むしろわたしたちが人生の中でのあらゆる可能性がある源としての�犁�無�瓩箸いΑ∪儷謀�な意味での捉え方をしているということに気づかされた。その意味から三木清という哲学者をもう一度見直そうという思いが強くなっている。
さて今月の『100分de名著』のテキストは、「維摩経」である。
「維摩経」は、わたしが大谷大学短期大学部仏教科に入学して初めて読んだ経典である。
テキストは比叡山にある経典専門の出版社が木版で一ページごと刷り上げ、閉じた製本されたものだという話であった。故に一冊として同じ本はないとも聞かされた。その「維摩経」が短期大学部仏教科一回生の�猜�典購読�瓩離謄�ストであった。二回生になると、�猜�典購読�瓩離謄�ストは『法華経』であった。
試験は、その「維摩経」の原文に返り点を打ったり、読み砕いたりするもので、わたしは夏休みに「維摩経」の試験範囲を原稿用紙に書き写し、京都の百万遍の10円コピーで数枚かのコピーを作り、必死に勉強した覚えがある。
その甲斐があって、わたしは�猜�典購読�瓩寮�績はクラスで一番だったということを覚えている。そうしてわたしがクラスで一番の成績をとったということは、クラスの担任教官だった小川一乗先生も覚えていてくれたみたいで、数年後、大谷大学の障害者学生の取り組みについてということを倶楽部の後輩が小川一乗先生に聞きに行った時、
「わたしが筆記試験に代えてレポート試験を考えているがどうだと彼に聞くと、�牴函△澆鵑覆汎韻犬�筆記試験でお願いします�瓩犯爐�答えた。大丈夫なのかと思いながら、彼の答案を採点したら、彼の答案がクラスで一番の成績をとっていて、そのことに驚いた」
と話したという。
その小川一乗先生は、大学のゼミの恩師・訓覇曄雄先生の後を継いで学長になられたという。わたしが入学した時はまた専任講師になったばかりだったのに、である。
「100分de名著」の「維摩経」を見ながらそんなことを思い出した。ただわたしがレポート試験を拒否したのは、その当時、結構レポート試験が多く、レポートを書く時間があれば、必死試験で時間の短縮を図りたいという思いからであったのだ。そんなこともお思い出していた。
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