■蘇生望まぬ場合、救命中止を 学会が初の提言 終末期患者、意思表示書など条件
(産経新聞 - 04月07日 20:08)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=4517312
延命治療・蘇生かそれとも安楽死・尊厳死?
正直これはどちらが正しいとは言えないのではないか?
延命を望む人に延命・蘇生の対応をしないのは殺人にも等しくなろうが、延命も蘇生も望まず最期を迎えたい人にそれを行うのは確かに違和感はある。
ただ…たとえ本人がそのように口外し家族や近親者が異口同音にそう言っていたとして果たしてそれは本心なのか?極論すればそう言う疑問に帰結する。
(口では「尊厳死を!」と言っていても実は「死にたくない!1分1秒でも長く生きたい」と願っている可能性だって有り得る)
高齢者介護の最前線、しかも看取り介護も受け容れる職場にいるとそう言う場面に宿命的に出会う。たとえ本人や家族が延命辞退を口外してても日々接する介護職としては如何に利用者さん対施設職員のPublicな関係ではあっても、大切な人に変わりなくどうしても「1日でも長く生きていて欲しい。少しでも元気になって欲しい」と願ってしまう。
ついこの前、実は看取り前提のTerminal Careで入所していた利用者さんを見送った。もっともその日はオレは夜勤明け翌日の公休日だったのでその場には立ち会わなかったが…その前の夜勤の時その利用者さんのお身内様からご様態についてのお問い合わせがあった。
「明日でも間に合うよね?」
と聞かれたがしかし主治医から上長経由で
「何時<その瞬間>が来てもおかしくない」
と聞いていたので
「それは何ともお答えできかねます…としか申し上げようがありません。」
としか答えられなかった。
深夜にも関わらずお身内様方はその日のうちに遠路駆けつけて下さった。そして最期の時まで付き添われた。
「出来ることはやれた」
とお身内様は仰った。
「この度はご愁傷さまでした。お寂しゅうございます」
オレはそう言うのが精一杯だった(不覚にも落涙しかけたから)。
これまで何人そうやってお別れしてきたやら…しかし何度遭遇しても何度体験しても、やっぱり悲しいし寂しい。もっとできることはなかったのか?もう少し生きられなかったのか?答えの出ない自問自答を繰り返すが、永久にこれは正解に辿り着けないだろうね…
(何が最適か?はその人によって変わって来るから…)
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