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2017年04月02日14:21

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「教育勅語」を�犒�法や教育基本法等に反しないような形で�疝僂い襪箸篭饌療�にどのような形なのか?

■教材に教育勅語、否定せず 政府「憲法に反しない形で」
(朝日新聞デジタル - 04月01日 00:49)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4506476

(社説)教育勅語 過去の遺物が教材か
 安倍内閣が教育勅語(ちょくご)について「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」とした答弁書を閣議決定した。
 この決定に強い疑念を抱く。
 「朕(ちん)(明治天皇)」が、「臣民(国民)」に示した教えが教育勅語だ。
 天皇と国家への服従を説き、国民を戦争へと駆り立てる役割を果たした。国民に批判の自由はなかった。
 親孝行、夫婦仲良く、友達を大切に。教育勅語が説く徳目を肯定的にとらえるべきだ、という主張も自民党などにある。
 だが教育勅語の本質は、こうした徳目を実行することで「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以(もっ)て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」(いざという時には一身を捧げて皇室国家のために尽くせ)と国民に求めたことだ。
 こうした歴史的事実を教えるための資料として、教育勅語を使うことはあっていい。
 だが、安倍内閣の思惑はそれにとどまるまい。
 「戦後レジームからの脱却」を説いてきた首相、復古的な憲法改正草案をもつ自民党、教育勅語を「全体として」肯定する稲田防衛相……。
 この内閣の言動や思想をあわせ考えれば、今回の閣議決定は、戦前の価値観に回帰しようとする動きの一環と見なければならない。
 これが、教育現場でのなし崩しの教育勅語復権につながる恐れは否定できない。
 松野文部科学相は教育勅語の授業での活用について「適切な配慮の下であれば問題ない」としているが、何が「適切」なのか、どう判断するのか。
 教育勅語は終戦後の1948年、衆院で排除の、参院で失効の決議がされた。
 参院決議はこう述べている。
 「われらは日本国憲法にのっとり、教育基本法を制定し、わが国とわが民族を中心とする教育の誤りを払拭(ふっしょく)し、真理と平和を希求する人間を育成する民主主義的教育理念を宣言した。教育勅語がすでに効力を失った事実を明確にし、政府は勅語の謄本をもれなく回収せよ」
 今回の閣議決定は、この決議と真っ向から対立する。
 親孝行などの徳目は大事だ。
 しかしそれは、教育勅語という「過去の遺物」を持ち出さなければ、子どもたちに教えられないものではない。
 教育勅語は国民主権、基本的人権の尊重など現行憲法の基本原則と相いれない。子どもたちを教え、導く学校現場にふさわしい教材とは到底、言えない。
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上記は、今朝の朝日新聞の社説「教育勅語 過去の遺物が教材か」の全文である。

そもそも戦前の「教育勅語」を�犒�法や教育基本法等に反しないような形で�疝僂い襪箸篭饌療�にどのような形なのだろうか。

もっと言えば、政府や文科省はこの「教育勅語」が何だる可ということをわかっているとは、わたしには到底思えないのだ。

上智大学の島薗進教授は次のように言われている。

�猝簑蠅蓮峩軌蕕陵0譴虜�本」かどうかではない。臣下である国民に天皇の命ずる教えに従うことを強いたことが問題。権威に従う態度を強い、神聖な天皇に命を捧げるということまで含む。個々人の命が軽んじられた歴史を学ぶためなら必要かもしれないが、教育現場で一方的に教え込む権威主義的な使い方をされかねない。日本の未来に関わる判断であり、時の政府の都合で閣議決定などすべきものではない。��

わたしたちは、島薗進教授の言葉に真摯に耳を傾けるべきである。


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