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2017年02月14日21:19

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ポーランドへの複雑な感情。

1939年9月、とくれば、みなさんごご存知第二次世界大戦の幕開けです。
その具体的な戦闘開始がナチスドイツによるポーランド侵攻なのは受験した人ならご存知ですね。

実は、これには裏があり、同時にソ連もポーランドに侵攻しています。
ヒトラーとスターリンの間で密約があり、あらかじめここからここまではドイツね、
ここからここまではソ連ね、と決めた上で、お互いにそのラインまで突撃したのでした。

ポーランドを1か月で攻略したヒトラーに各西側諸国は宣戦布告しますが、実際にはほとんど戦闘行為は行われず、静かな戦争、欺瞞の戦争などと呼ばれます。
その後1940年5月にフランス侵攻、これもたちまちのうちに攻略しますが、1940年7月からの対イギリス航空作戦で手間取り、航空兵力を消耗してイギリス戦を断念、1941年6月にナチスドイツはソ連への攻撃を開始します。

この動きに完全に翻弄されたのが日本で、
当初はソ連嫌いで有名だったヒトラーと手を組んで、対ソ連で対抗できればと考えます。
ところが、先述のポーランド侵攻に関連して1939年8月に独ソ不可侵条約が結ばれてしまいます。
「ええっ?!ドイツ、ソ連と手を組むの?」
と慌てた日本は、1940年9月に従来の予定通り日独伊三国同盟を締結、ドイツとお友達になっちゃったソ連と戦争しないために急いで外交を取りまとめ、1941年4月に日ソ中立条約を結びます。そしたら今度はヒットラーがソ連に侵攻していくものだから、日本の外交官は涙目で天を仰いだことでしょうね。
「欧州情勢は複雑怪奇なり」とは当時の総理大臣の有名なお言葉ですが、複雑怪奇なのはあのドイツのアホヒゲおやじの頭の中だけではないかという気はします。

さて、当のポーランドですが、このドイツのドイツ&ソ連のダブル侵攻の前になすすべなく敗れ、
一旦両国の統治下に入ります。その後ドイツのソ連侵攻によって、1945年までの数年間は完全にドイツの統治下に入るということになります。
この時、少なくとも独立志向の活動家たちが政治犯として捉えられたほか、ユダヤ人もまた収容所へと運ばれています。やがて戦局がドイツ不利に傾き、ドイツ軍がソ連領内から追い出され、旧ポーランド領も失いかける頃になると、ソ連に支援されて独立派の活動家が活発な抵抗運動を繰り広げられるようになります。

この時、目先の敵がナチスドイツだったのはよくわかるんですが、ソ連も大して変わらないじゃん、と個人的には思いますし(スターリンによる独裁の真っ最中)、しかもなまじっか大嫌いなソ連に手を貸してドイツと戦ったばかりに、第二次大戦後はそのままワルシャワ条約機構に組み込まれ、東側陣営の先鋒ということになってしまいます・・・。
冷戦の時代、ソ連はアメリカと並ぶ軍事大国でしたから、西ヨーロッパ各国の怯えっぷりはなかなかのもので、NATO(西側各国の同盟軍)はもし本当にソ連がヨーロッパに侵攻してくることがあれば、「東ドイツまたはポーランド領内で核地雷をぶちかましてソ連軍を足止めする」ということを本気で考えていました。

・・・お前ら本当、もうちょっとポーランドを大事にしろよ?

というわけで、ポーランドの人がソ連でもドイツでも、ヨーロッパの(元)盟主イギリスでもなく、日本を好きだと言ってくれる記事を見るにつけ、なんだか色々思い出して複雑な気分になるのでありました。




■知られざる親日国。なぜポーランドの人々は日本に感謝し続けるのか
(まぐまぐニュース! - 02月14日 04:31)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=240&from=diary&id=4430783
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