まとめサイトさん、ありがとう。弱者の恐るべき敵である弱者の話。
・夫:(発達系などの)障害持ち
・子:(同)障害持ち
という家庭で、いかに夫が子に害をなすかという話題になっているようです。
http://www.sechigara.net/archives/68976715.html
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うちは旦那が躁鬱診断済+アスペ検査待ち
保育園児の息子は自閉症診察待ち。(多分高機能)
他人と接触したらキレる、息子を怒鳴りつける、カネコマなのに出会い系etc
いいかげんこっちも参ってきたので、同じ病院にかかって薬出してもらってる。
アスペの告知受けて遥か斜め上のほうで落ち込んでるのは勝手だが
その発言がどれだけ息子を傷つけるか、なんてことは考えていない。
息子は可愛いけど、旦那が邪魔に思えてしょうがないよorz
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(超耳)
2008年のログらしいのですがカネコマなる珍妙なスラングが出てきました。なにこれ? カネに困っているの略かな? 辞書を引いて調べないと日本語に不自由な弱者(子どもや外国人)にひとつも配慮がないダメな人ですね。
弱者であることが悪いことではないのですが、弱者であることで害悪となるケースを警戒するべきですよね、人として。しないなら愛されないのです。必要とされないのです。
弱者を救われないものにする最後で最大の巨大な大要塞がこれなんだと私はつねづね思っています。「弱者をいたわらないヤツは死ね」とか「弱者の気持ちがわからない者は人ではない」などという攻撃はまさに弱者をこそ最大限に攻撃するわけです。
仕方がない側面もあります。視覚を持たない人が他の弱者にぶつかって死傷させてしまうことも起こりえます。その人に視覚さえあったなら起こらなかったことが起こってしまうこと、あるでしょう。(起こりえることならばいつか必ず起こるといいます)
弱者という最強カードを振りかざす暴君が世の中にはたくさんいます。
恐るべきモンスターどもですよね。努力しても、もしかしたら意図せずに害をなしてしまうかもしれないというのに、自分は弱者だからすべて免責されるとでも思っているかのよう。
問題はけっしてゼロになることはないのですけれど。がんばって問題が起こりにくくなるようにしてくれている人、いい状態を維持しようとしてくれている人に、お礼を申し上げたい気持ちです。
上記の人も、夫と子どものために他人では負担できない大きな負担を受け持ってくれていることと思います。ありがとう。(そのことと書き込みの言葉がダメなことは矛盾しませんよね、念のため)
いつも言っていることですが、誰もが見方次第では弱者です。政府や社会が級を与えて認知するほどのことではなくても人並みにできないことを何かしら持っている私たちです。
「私を理解せよ」を言ってはいけないのではないのですが、「私も理解しますから」とセットであることが最低限度のことと強く思います。その姿勢が見えない人を助けることはよくないことだとさえ思います。順序ってものがあるでしょうから。
弱者だって、別の一面では十分に他者の役に立つこともあるでしょう。あまり働けないようなケースでも感謝の気持ちを忘れないだけでもヒトにしかできない尊い行為だと私は思います。それを忘れちゃいけないよ。
まして、ある程度の社会活動ができる大人だったら、親の庇護下で生きるほかない子どものことは最大限に配慮してやってほしいな。
弱者に配慮しない、配慮を求めてくる弱者って、醜いな。
こういう当たり前のこと、いわれなき差別とちゃんと差別して、語れたらいいのにね。
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