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2016年12月15日11:57

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21世紀版[替えだま]

■鉄道ファンもざわめく珍事...小田急・ロマンスカーが故障のため、一般車両で「代走」運行
(Jタウンネット - 12月15日 06:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=4342347

本来なら同系車種を使うのがスジなのだがピンチヒッター出来る[控え]がいないから急遽補欠を呼んできたって感じかな?
半世紀余り前の故事をふと思い出した。

え?何の事って?東海道特急替えだま事件。
フォト

(当時の東海道本線東京〜大阪間特急IllustrationImage)
あれは東海道新幹線開業を目前に控えた1964(昭和39)年の確か7月頃だったかな?静岡県内の交通量の多い踏切で直前横断をしたダンプカーと下り特急[第一富士]が衝突、列車は先頭車から数両が脱線、その内先頭車は線路から大きく外れ、損傷も大きく哀れ廃車の運命に。特急列車の先頭車としてしかも展望席や個室も備えた豪華な車輛として誕生して僅か数年。その華やかで短い生涯を終え鉄路の露と消えてしまった。

さあそうなると一編成使えなくなる。2両目以降はそのまま修理するも先頭車が足りない。本来なら予備の車輛を持ってくるのだが目前に迫った東海道新幹線開業に伴いこの特急列車用の車輛は転用の為各種改造工事が行われていて軒並み工場入り。ピンチヒッター出来る車輛がいない。

では新しく作って補充するか?その新車が落成する頃には最早東海道新幹線が開業しているから出番はない。

ということで取り急ぎ、ピンチヒッターとして急行列車用の編成を使って特急列車を運転し急場をしのいだ。後には上越線の特急用の車輛や伊豆熱海方面行き準急列車用の車輛を充てたり、突貫工事で改造して作った先頭車が出来るまでの間繋いだ。
フォト

(その時使われた急行用車輛同系車)

今だったらそのまま運休していたかも知れないが当時の東海道本線の輸送需要は逼迫していて増発しても増発しても運び切れなくなりそうな程だったから運休なんて考えられなかった。まして代替交通手段もない(航空便も緒に就いたばかりでしかも高額で庶民が気軽に乗れるものでもなかったし、高速道路も名神高速がやっとできた位の頃。しかも当時の自動車は今みたいに庶民でも気軽に買えるものではなかった)。

其れ故にこんな手が取られたのだ。
生憎その当時は既にこの世に生は受けていたが当該区間の沿線ではなく遠隔地在住だったためこの事故の話はリアルでの体験はない。

今回の事件はこの故事を彷彿とさせてくれた。

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