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2016年07月20日13:41

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ヨーロッパが精神的に作られたのは「中世」なのである

「一般に哲学史では、中世は心して学ぶ必要のない小欄のような扱いを受けている。プラトン、アリストテレスの古代哲学を学び、疲れたら�狠羸き瓩脇匹瀏瑤个靴董△泙慎い鮗茲蠶召靴謄妊�ルト以降の近代哲学を学べば、とりあえずヨーロッパ哲学の常識は手に入る、というお定まりの姿勢である。」八木雄二著『神を哲学した中世―ヨーロッパ精神の源流』(新潮選書)

上記の八木雄二氏の一節に重なり合う思い出がわたしにはある。それは、わたしが大谷大学文学部哲学科三回編入学した年、西谷裕作先生(京都大学文学部哲学科倫理学講座名誉教授 恩師・西谷啓治先生の息子さん)が大谷大学で「倫理学概論」と「哲学科講義」の授業をもたられたことがあった。そしてその「哲学科講義」のテーマが�爛妊�ルトとパスカル�瓩任△辰拭�

西谷裕作先生は、まず授業の最初に松浪信三郎訳の『底本 パンセ上・下』(講談社文庫)を用意するように言われた。そしてそれから永延と中世の「普遍論争」の講義を四、五年続けられたことがあった。その授業内容は、テーマの�爛妊�ルトとパスカル�瓩任呂覆�、まさしく�狠羸づ�学における「普遍論争」�瓩任△辰拭�

その授業で西谷裕作先生が�爛妊�ルトとパスカルの論争�瓩鮹里蹐Δ箸垢譴弌△修稜惴紊砲△覘狠羸づ�学史�瓩鮹里蕕覆韻譴个覆蕕覆ぁ廚箸�っしゃっていたことに重なってくるのである。実際に八木雄二氏によれば、デカルトが相手にしていたのは、中世哲学の「スコラ哲学」だったというし、デカルトが自分の�狄靴靴づ�学�瓩箸靴鴇斂世梁仂櫃箸靴燭里��犧欧良垰爿甅狄世梁減濔斂性瓩箸いΑ△泙気靴�中世哲学のメインテーマであった。そしてこの�犧欧良垰爿甅狄世梁減濔斂性瓩箸いμ簑蠅蓮▲�ントの『実践理性批判』の「実勢理性の弁証論」でのテーマとなっていていた。

大学院博士後期課程三回生だったわたしは、そのカントの『実践理性批判』の「実践理性の弁証論」で研究発表や論文を書いていたが、実践理性が最高善を実現するためには、何故�犧欧良垰爿瓩鉢狄世梁減濔斂性瓩箸いΝ狠羸づ�・スコラ哲学的�疚簑蠅鯱世犬覆韻譴个覆蕕覆い里�と疑問を持ったのであるが、当時はカントが敬虔なクリスチャンだからだろうと考えていたが、そうではなく、やはりカントの批判哲学にも「中世哲学」の影響があり、カントは自身の�猗稟重�学�瓩魍領�していく過程でやはり「中世哲学」と�牾米��瓩靴覆韻譴个覆蕕覆�ったのである。

「中世哲学」は�爛�リスト教が支配する時代の哲学�瓩世辰箸いΕぅ瓠璽犬�ある。しかし「中世哲学」とは、神を哲学する、つまりキリスト教的信仰を�猩斥�化�瓩靴討い�時代であった。キリスト教的信仰とは、�狒歓洋爐虜瓩鮃悗Δ燭瓩暴住�架上での刑死したのみ、三日後に復活した�瓩海箸鮨�じるか否かにある。「中世哲学」とは、このキリスト教的信仰を前提にして創造主なる神が創造した世界とは何か、神が創造した�爐△襪發里�ある�瓩箸惑_燭覆襪發里覆里�を哲学的に思索し続けた世界である。

ゆえに、現代の科学的世界に生きるわたしたちとは言葉の意味から異なってくる。たとえば、「理性的」という言葉の意味である。わたしたち現代人にとっては「理性的」とは、�犁甸囘��瓩任△雖猊疂彭��瓩箸いΠ嫐�を持っている。ところが「中世哲学」では�犲膣囘��瓩猫犖鎚姪��瓩箸いΠ嫐9腓い馬世犬蕕譴討い拭2燭�しらわたしたちにとっては、正反対な意味合いのように見えるが、そこには、近代以降の自然科学の発達に伴い、�犒措�上学�瓩筬狡恐鳥訶�なもの�瓩�衰退していったことが原因と考えられるのである。

「中世的学」は単にキリスト教的信仰に基づく、神、キリストなどが論じられるなかで、アリストテレスの哲学、とくに「自然学」が広く論じられていた。ある意味、「中世手哲学」とは、キリスト教的信仰を絶対的前提としながら、そのキリスト教的世界をアリストテレスの哲学を用いて、いかに論理的・言語的に哲学していくのかということが問われた時代だったのである。ただそのアリストテレスの哲学は、古代ギリシアから中世ヨーロッパ(地理的に「アルプスの北」)に直接入っていったのではなく、イスラム教圏を介在して、つまりアラビア語を介して、中世ヨーロッパに張っていったのである。必然的に中世ヨーロッパ初期に齎されたアリストテレスの哲学は、イスラム教圏の神学者・哲学者の解釈が多分に含まれていたのである。ちなみにアリストテレスの『形而上学』という書籍はアリストテレスの死後、その弟子によって編纂されたものであり、ラテン語の��Metaphysica�瓩廊�Meta-physica�瓩弔泙蝓崋�然学を超える学」と現在では解釈されているが、最初は「自然学のあとで」という意味であったと言われている。

わたしはこの何日間に八木雄二氏の著作を読み漁っている。八木雄二氏は、その著『神を哲学した中世―ヨーロッパ精神の源流』のなかで「�爛茵璽蹈奪儉瓩�精神的に作られたのは中世であって古代や近代ではない。」と、言われる。わたしにはこの八木雄二氏の言葉に深く頷く。そして八木雄二氏は「じっさい、現代ヨーロッパ哲学は中世哲学を参考にするだけでも理解できる。たとえば現代哲学の代表とみ担がれるハイデッガーの存在論は、中世哲学の直系とも言われる。中世こそが、ヨーロッパの�犖桐��瓠△垢覆錣銑犹呂泙雖瓩世�らである。」とも語られていることにも、深く頷くことができるのである。

わたしは、大学での研究生活を離れ、民間の一般企業に勤めるようになって、30代後半ぐらいから何故か「中世哲学史」に惹かれて、数少ない「中世哲学史」に関する専門書を買い漁った。そして50代後半になろうとする今日、八木雄二氏の『「ただ一人」生きる思想―ヨーロッパ思想の起源から』(ちくま新書)を読んで、ヨハネス・ドゥンス・スコテゥスという中世の神学者・哲学者に関心を持った。当分、このスコテゥス関連の書籍を読もうと考えているが、果たしてどこまで理解することができるだろうか。スコトゥスの哲学を通じて�犖朕佑梁砂鏑瓩僚斗彑�を�狹�学的�瓩僕�解したいのである。
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