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2016年05月16日09:24

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平安の人は占いで行動を決めたりしない。

まあ、中にはそういう人がいたかもしれませんが。

古代の人は占いで行動を決めたのだという話があり、
割と信じている人も多いようですが、
古代の歴史を多少なりとも読んでみると、「そんなわけないよねえ」としか言えません。
少なくとも、彼らの軍事的・政治的なセンスは、
現代にも勝るとも劣らないものがあり、
好機に占いで「やめとけ」と出たからといって、
実際にやめるかといったら、やめないでしょうねえ。

日本書紀にある話ですが、ある豪族が天皇への謀反を企てたとして、
討伐の対象になりました。
激しい戦闘の末、討伐軍はなんと豪族に撃退され、途中まで押し戻されてしまいます。
さて、ここで全面撤退して立て直すか、もう一度攻めかかるか。
ここで彼らは、「うけい」と呼ばれる日本独自の占いを行います。
占い、というと本質を外しそうですね。
うけいは「請」もしくは「誓」(あるいは祈とも書きますが)、
契約の意味に近いものがあります。
「うけい」のやり方は、「もし○○が起こったなら、私も○○する」というもの。
この時行われたのは、「鶏が木に飛び乗ったなら、敵に攻め込む」というものでした。
鶏は見事目の前で木に飛び乗り、彼らは大勝利を収めた・・・のですが、
この鶏は飛べない鶏で、普通は木に乗らない品種でした。
要するに、まず起こりえないことを前提に、初めから結果は決まっていて、
あとはその理由付けがその場か後世かに行われた、ということです。

関ヶ原の戦い、というと平安時代より700年くらい後になりますが、
なぜここを関ヶ原というかといえば、関所があったからで、
ここは不破の関と呼ばれていた場所でした。
不破の関、という凄まじい(古語では、怖いという意味が混ざります)名前ですが、
京都から見ると北陸方面・東海方面に対する防衛に最適な、前線基地だったわけですね。
この名前はすでに奈良時代にはありますから、
すでに軍事的なセンスが確立されていることがわかります。
で、古代最大の決戦と言われる壬申の乱の際、
大海人皇子(天武天皇)が真っ先にやったのがここを抑えるということ。
これにより通信と物流を抑えこみ、敵である天智天皇の息子は大軍を動かすことができなくなり、
大海人皇子は電撃的な連勝を重ね、のちに天武天皇となったのでした。
この軍事センスは稀代のものであり、この一連の無駄のない行動に
占いの余地はないような気がするわけです。

平安時代であっても、「辻占の結果が悪いので欠勤します」的な記録はあるんですが、
おそらく何がしかの別の理由があり、
彼らの知的水準を真摯に受け止めると、
現代でいう「一身上の都合」とかに相当するような文言なのではないかなあという気がします。


平安装束 約500人が練り歩き
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3993505
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