医療の現場でバカバカしい言い換えをしています。「大便」と言わずに「便」と言うのです。これじゃ小さいのか大きいのかまるでわからないじゃない!
婉曲に言えば悪いイメージが和らぐと感じるのですよね。けれども使われる時間が長引くと婉曲さは感じられなくなる。便所関連には使われなくなった言葉が多くありますが、わかりやすい例だと思います。
このことをバカバカしいと自覚できる能力があり、思ったことを行動に移せる人はいいのです。ちゃんと使うから。でも自覚できず、善意から行動をするバカがいると悲惨です。他人に押し付け始めるから。
でも最後には理性が勝利してほしいなあ。
一時期は「百姓」が教科書で禁忌扱いされて「農民」に置き換わっていました。ちらほら復活の動きがあるそうです。いいことですよね。
ほかにも無意味に闇に葬られた言葉がたくさんあります。めくらとかいざりとか、まるで悪くないのに、直接イメージされるとか、差別する人間が好んで使うとかのとばっちりを受けましたよね。土人という言葉もそうですよね。(目が暗い、座ったまま移動する、土着の人をそう表さないことが理性的なことでしょうか? 他の劣ったわかりにく言い方で言うことが何かいい効果をもたらすでしょうか?)
ネットの人々はこういうバカな努力を笑いとばします。なんでも「知的障害児」という言葉があるそうなのですよ。これが「池沼」という隠語にされて、だいぶ差別的に使われるようになっています。言い換えなどしても婉曲に言ってもダメなのです。(たしかに知恵遅れという用語は不正確だったのですが、用語の正確さが何かを解決するでしょうか、したでしょうか?)
>「さようなら」はもはや死語?…7割「使わない」と回答、永遠の別れをイメージ
早くもない「お早うござります」は死語にならず、「左様ならば」は死語になる。馬鹿馬鹿しいですよね。しかも「永遠の別れをイメージ」と笑わせる人たちもいるんだそうです。
辞書をいたずらに厚くする方に努力する人たちですよね。
でもそちらがマジョリティなのが世の常だとわかっています。だからそうではない世の中を望みこそすれ、現状を間違っていると言っても仕方がないことなんでしょうね。
いつか誰もがちゃんと学び、学んだとおりに行動するようになってくれたらいいなあ。
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■【関西の議論】「さようなら」はもはや死語?…7割「使わない」と回答、永遠の別れをイメージ
(産経新聞 - 05月15日 17:03)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=3&from=diary&id=3993297
「さようなら」という言葉が使われなくなっている。代わりに別れる際に話される言葉は「じゃあ」「またね」「おつかれさま」「バイバイ」などいろいろな言い方に変わってきた。日本語のあいさつのうち、「おはよう」「こんばんは」「こんにちは」は昔から使われているが、「さようなら」だけが使用頻度が減っている。なぜか−。大阪ミナミの街頭で人々に聞くと、「さようなら」には「永遠の別れ」のイメージがあるという答えが返ってきた。専門家は「『さようなら』は死語になりつつある」と分析している。(張英壽)
「またね」「おつかれさま」など多様化
大阪・ミナミの南海難波駅前。ここで、20〜70代の男女30人に、「さようなら」、もしくは関西弁の「さいなら」を使うかと質問してみると、ちょうど7割の21人が「使わない」「ふだん使わない」と答えた。
20〜30代の14人に限ると、8割近い11人が「使わない」「ふだん使わない」と回答、「使う」と答えたのはわずか3人だけだった。これに対して、40〜70代の16人では、「使わない」とする回答は6割超の10人で、「使う」は6人。年齢層で差がみられた。
「『さようなら』『さいなら』も使わないですね。友達同士だと『ほなまた』と言っている気がする。仕事では、相手が上司だと『お先に失礼します』、同僚だと『おつかれさまでした』です」
大阪府和泉市の会社員の男性(23)はそう答えた。「『さようなら』という言葉は、もう会わないような気がするので、使わない。冷たい感じもします」と説明する。
「さようなら」に「永遠に会えない」というイメージがあるという回答は年齢層を超えて多く聞かれた。
「『さようなら』は会うのが最後みたいで嫌い」という理由で、「仕事場でもプライベートでも『また、あした』という言葉を使う」と語ったのは、大阪府岸和田市のホテル社員の女性(41)。仕事場では「また、あしたもよろしくお願いします」、週末は「また来週もよろしくお願いします」と別れのあいさつをするという。「あしたにつなげる言葉にしたい」という配慮だ。
一方、奈良県広陵町の会社員の女性(40)は、「さようなら」に対し、「うそっぽい」「しらじらしい」と感じると打ち明けた。友達と別れるときは「じゃあ」か「おつかれさま」、仕事の上司には「おつかれさまです」を使うという。女性は「『さようなら』は、小学校のホームルームで担任の先生に言って以来、使っていないかな」。
この小学校のホームルーム以来、「さようなら」と言ったことがないという回答は多かった。
「上司に丁寧」公的な印象がある「さようなら」
「20代から30代くらいまでは、『さようなら』『さいなら』とも使っていたけど、不思議だけど、いつの間にか使わなくなった。この言葉は風化しつつあるような気がします」と答えたのは、大阪市西淀川区の派遣社員の女性(58)。この女性も「さようなら」には「永遠の別れのイメージがある」とし、ほかの多くの人と同様、「じゃあ、また」「おつかれさまでした」を使うと回答した。
「さようなら」「さいなら」を使わないとした人の代わりのあいさつとしては、「じゃあ」「ほなまた」「またね」「バイバイ」「おつかれさま」「今度ね」という答えで、だいたい網羅できる。中には、親しい人同士では「ごきげんよう」を使うという回答もあったが、これにはしゃれっ気も混じっているだろう。
一方、「さようなら」を使用するとした人たちの答えはどうだろうか。
堺市西区の会社員の男性(41)は「年上の人に使う」といい、「丁寧な感じがする」。またサービス会社員の別の男性(41)は「別れの言葉は基本は『さようなら』。友達には『バイバイ』ですけど、目上の人に対するときや仕事などきちんとした場所では『さようなら』を使う」という。
「別れ」とは違う「公的な印象」があるようだ。
戦後間もないころまでは一般的だったが…
岩波書店の「広辞苑」(第六版)で、「さようなら」を調べると、「別れの挨拶語」とあり、「左様なら」と漢字をあて、「元来、接続詞で、『それならば』の意」と説明している。
それこそ、「それならば」、人々が使うと答えた「じゃあ」や「ほなまた」と本来、同じ意味ということになる。
小学館の「日本国語大辞典」(第二版)では、「『さようならば』の変化した語」と説明。「先ず『ごきげんよう』『のちほど』などの他の別れの表現と結びついた形で用いられ、次いで近世後期に独立した別れのことばとして一般化した」としている。また「そんなら」などと比べ、「丁寧な言い方」としている。「永遠の別れ」というような記述はない。
「さようなら」は、長い間、広く別れのあいさつとして用いられたのだろう。実際、戦後間もない頃の映画などを見ると、「さようなら」はごく普通に使われていたことが分かる。
「さようなら」よりやや短い「さよなら」という言葉もあり、日本語の言葉遣いに詳しい真田信治・大阪大名誉教授(70)=日本語学=は「10、20代の頃は『さよなら』というのが普通だった」と思い出す。
ヒット曲などでイメージが広がった?
「さようなら」に「永遠の別れのイメージがある」。この感覚は、どこから来るのか。
思い至ったのが、歌謡曲や演歌、J−POP(ジェイポップ)まで音楽シーンでは、この言葉が歌詞で使われると、悲しい男女の別れを指すことだ。こうした音楽の悲しいメロディーと歌詞を聞き、「さようなら」イコール「別れ」という発想が一般化したのではないか。
真田名誉教授に、この仮説が妥当なのか聞いてみると、「音楽などによって『さようなら』に『別れ』のイメージが広がった可能性はある。賛成だ」という答えが返ってきた。
そのうえで、真田名誉教授は「『さようなら』はもともと、現代人が使う『じゃあ』などと同じ意味だったが、日常の言葉から離れ、神格化している」と指摘する。なるほど、ミナミで使うと答えた人たちの「公的な印象」とも一致する。
その神格化のイメージの一つが「別れ」で、たとえば、葬儀での出席者のあいさつや、夫婦間で離婚する際の書き置きなどに「さようなら」が用いられるという。
一方、真田名誉教授は「現代で『さようなら』が話されるのは、教室や講堂で先生が生徒や児童に帰り際のあいさつをする場合など、『一対多』の場面にほぼ限られる。『一対一』では、ほとんど言われなくなっている」と分析。「『さようなら』は書き言葉としては残っているが、話し言葉としては死語になりつつある」とみている。
◆
(超耳)
> 「さようなら」に「永遠の別れのイメージがある」。この感覚は、どこから来るのか。
> 思い至ったのが、歌謡曲や演歌、J−POP(ジェイポップ)まで音楽シーンでは、
>この言葉が歌詞で使われると、悲しい男女の別れを指すことだ。
>こうした音楽の悲しいメロディーと歌詞を聞き、「さようなら」イコール「別れ」という発想が
>一般化したのではないか。
違います。
この記者は「厠」とか「雪隠」とか「雉を打ちにいく」「花を摘みにいく」という言葉も知らないんでしょうね。
あれかな、タッチタイプといわずに今でもブラインドタッチと言っちゃう人なのかな。
周りに流されるまま、何も考えないままに。
きっとそうなんだろうな。外れているといいけど、ムリだろうな。
記者の脳内では「さようなら」の前には使われていた「さらば」も、J−POPで永遠の別れのイメージが一般化したから廃れたことになるんだろうなと類推します。
「これにて御免」とか「お暇いたす」とかもJ−POPによってイメージが一般化したんですよね!
そうだったんですね、記者さん?
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