1973年3月。退役軍人ジェイソン・ローズ大佐は、昨年MIA〈戦闘時行方不明〉となった息子フランクに思いを馳せていた。政府はベトナムと交渉し、捕虜となったアメリカ人を帰国させようとしているらしいが、その動きは一向に進む気配はない。そこでローズは独自に調査を開始し、フランクが囚われている捕虜収容所の特定に動き出した。自らバンコクに飛び、幾度もガセネタを掴まされた挙句、どうもラオスにいるらしいという情報しか得られないローズ。落胆し年月が過ぎていくが、1982年、ついに彼は決定的な証拠を掴む。米空軍機がラオス収容所の偵察写真を撮ったのだが、そこに写る強制労働用の畑に、フランクの所属する部隊の番号が大きく描かれていたのだ。これでローズの肚は決まった。息子を救出しよう…さっそく彼は、フランクの戦友だった男たちに声をかける。陽気な爆破屋ブラスター、ナイフが得意の〈トンネルネズミ〉ウィルクス、首から手榴弾をブラ下げた狂人セーラー、パイロットのチャーツとジョンソンという濃いメンツだ。彼らをテキサス州ガルベストンのキャンプに連れて行ったローズは、ラオスの収容所を模した訓練場で捕虜奪還作戦の演習を開始する。メンバーをシゴくのは、まだ20代で実戦経験のない海兵隊員スコットだ。ローズは、石油王マクレガーから援助を受け、演習と作戦本番に必要な武器弾薬を揃えていた。マクレガーにもまた、MIAとなった息子がいるのだ。予行演習を見学に来たマクレガーは、ローズら7人の作戦行動に目を見張り、笑顔で成功を確信するのだった。
しかし、マクレガーとローズは、既にCIAにマークされていた。作戦実行直前、ローズはバンコク入りしマクレガーの手配した武器を受け取ろうとするが、タイ警察とCIAに邪魔され全てを没収されてしまう。武器が無ければ作戦は中止するほかない。果たして、彼ら7人はどう出るのか?
ランボーでおなじみテッド・コチェフの「地獄の7人」。といっても、イズムはモロに製作のジョン・ミリアスのものですよね。自警団思想というかアメリカ万歳思想というか、ベトナム側の感情を完全無視した感覚に良識ある人はシラケるのかも知れないけれど、北朝鮮のクソデブに自国民を拉致られている現代の日本人からすれば、かなり感情移入しやすい作品。ベトナムを知らないスコットが何故作戦に参加したがるのかが判明するシーンと、ラストのヘリ内シーンは、再鑑賞の今回もやっぱり号泣ですよ。
地上チームとヘリチームで分かれる場面で、ハックマンが口にするスピーチが秀逸。字幕だと、ちょい薄いんだけど…
「人は、死ぬことを知っている。だが、死がいつ訪れるかは知らない。再会できたら笑顔を交わそう。出来なければ今日を別れの時としよう」
…いいね!
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