■留学生たちと語った「日本人の幸福度が低い理由」 所得以外の何が足りないのか?
(キャリコネ - 03月03日 16:41)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=3880724
日本は貧困なのか貧困でないのか・・・というのは、非常に難しい。
貧困を図る度合いは有名なもので世界的に2種類あるが、どちらも貧困を表す指標としては力不足だ。
まず、絶対的貧困。
これは1日の収入が1ドル未満の人々を指すが、
そもそも1ドルの価値が国ごとに違うという部分に目を瞑らなければならない。
次が相対的貧困。
日本を批判したい人々が大好きなものだが、これも難しい。
「等価可処分所得の中央値の半分の金額未満の所得しかない人口」がどれだけいるか、
要するに、日本の労働者6000万人のうち、ちょうど3000万番目の収入の人の、
その半分しか収入がない人がどれだけいるかという考え方だ。
少し脱線して、あまり有名ではない別の貧困についても考える。
一次貧困と二次貧困だ。
一次貧困とは、要するに、「物理的に生きていけない」貧困を指す。
肉体に必要な消費エネルギーを収入で賄えず、やせ衰えていくような貧困ということだ。
二次貧困は、飲酒や喫煙、旅行や賭博などの、嗜好品を排除すれば普通に生活出来る程度の貧困を指す。
ここで難しいのは、どれほどの娯楽が憲法で定める「文化的な最低限度の生活」なのかということだ。
最低限どの生活ではなく、文化的な最低限度だ。
象徴的なのは生活保護とパチンコの問題だが、
スマホやPCを持っている貧困層は貧困なのかという疑問を持つ人も当然いるわけだ。
ここで最初の話題に戻る。
日本の相対的貧困のうち、缶コーヒーも飲めないような二次貧困は一体どれくらい存在するのかという問題だ。
世界には国による格差、国がないとしても地域による格差があり、
単純に嗜好品でも価値が違う。ゆえに、
「ご飯を残さず食べなさい!アフリカではあなたと同じ歳の子が餓死しているのよ!」
というような論法は、教育的な場面を除けば無意味である。
無意味だが、それにしても、この日本の社会の中で、
本当にそれは二次貧困に該当するような貧困なのかというと、
そうでもない部分も多いように感じるわけだ。
富裕層を非難し、富の再配分を訴える人は多い。
だが、富裕層は富裕層なりに理由があって富裕層なのであって、
それが犯罪に基づくものでなければ、その富を無為に剥奪するというのはそれはそれで暴力だ。
己の才覚で一財産得るというような夢の力が経済を押し上げる部分もある。
アメリカが世界のほぼ半分というバカみたいなGDPを誇るのは、
アメリカンドリームに支えられたバブルの上に成り立っていると言ってもいい。
資本主義が発生して以来、貧富の格差が広がっていると言われて久しい。
ピケティはその論理をデータで実証して脚光を浴びた。
ただ、その一方で貧困層のレベルも底上げされているという事実は、
何度提唱されても納得する人は少ない。
貧困の定義に戻るなら、成熟した資本主義国ほど、餓死するような一次貧困層は少なくなるという事実だ。
あなたも、政治が悪い金持ちが悪いと言いながら、
1日8時間くらい自宅で寝て、3食食って、パソコンだかスマホだかでこのmixiを見ているではないか。
社会基盤の維持のため、高収入の人から多くもらうというのは悪いことではないが、
それは声高に叫んで剥奪するようなものなのかどうかは怪しい。
まして、相対的貧困とやらが、
人間が人間社会で生きていくために必要な最低限度の指標として働いているかどうか、
という部分はもっと怪しい。
貧困層が存在するのは間違い無く、それを救済するのは必要な社会の義務だと思うが、
普通に生きていける人々が責任を転嫁して被害者ぶるのは、どこか間違っているようにも思う。
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