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2015年11月23日15:11

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「�牋岼舵忰疚簑蠅鯣疹覆任�ない国家は、国家の有事となればまた、市民を奴隷のように扱い、その生命を犠牲にする」―岡野八代著『戦争に抗する―ケアの倫理と平和の構想』を読んで

■慰安婦問題、早期解決促す 日韓研究者らが討論会
(朝日新聞デジタル - 11月21日 05:49)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3723036

先月、東京で行われた、「アクティブ・ミュージアム�狃�たちの戦争と平和資料館(wam)�畆膾鼎痢◆屮筌鵝Ε丱縫鵐亜�Comfort Wkmen展のオープン・シンポジウム」で司会進行をしておられたwamのスタッフが「�狃�性のためのアジア平和国民基金�瓩砲狼震笋�ある」と言っていたのを覚えている。わたしはなぜが一体�犁震筬瓩覆里�と考えたことを覚えている。その�犁震筬瓩紡个垢訶�を示してくれたのが、岡野八代著『戦争に抗する―ケアの倫理と平和の構想』(岩波書店)という書籍である。

この書籍のなかで岡野八代氏は「�牋岼舵忰疚簑蠅汎�本の民主化」のなかで、�狃�性のためのアジア平和国民基金�瓩砲弔い討盻颪�れている。この�狃�性のためのアジア平和国民基金�瓩廊爛妊献織覽�念館�瓩箸靴謄ぅ鵐拭璽優奪半紊坊納┐気譴討い襦2�野八代氏はこの�爛妊献織覽�念館�瓩鉢爛▲�ティブ・ミュージアム�狃�たちの戦争と平和資料館(wam)�瓩箸料螳磴髻⊆,了暗世魑鵑欧討修寮�格を書かれている。
�� 基金の展示が焦点をあてるのは、個々の被害者ではなく、いかに基金と日本政府がこの問題に応えてきたか、であること。
�� 基金は、日本政府はもはやいかなる責任にも負う必要がないにもかかわらず、なお�狷撒租��疉�用だと考える日本政府は、一層の解決に向けた努力を続けているというイメージを与えてしまうこと。
�� 日本政府と日本国民は被害者の声に真しに耳を傾けているというメッセージが発信されているということ。
である。
それに対して�爛▲�ティブ・ミュージアム�狃�たちの戦争と平和資料館(wam)�瓩任療玄┐瞭団Г蓮�
�� wamの展示は、個々の犠牲者(慰安婦とされた被害女性)たちの過去から現在にいたるまでの生そのものを伝えようとしていること。
�� wamは、日本政府の立場からは批判的距離をとる。なぜならば、日本政府は個人賠償をはじめ歴史教科書における事実の記述やさらなる公的な真相解明など、被害女性たちの要望にこたえていないからである。
�� それゆえ、わたしたちがwamから聞き取るメッセージとは、日本社会だけではなく国際社会の一員として、�牋岼舵忰瓩砲気譴真佑咾箸梁左靴魏麌�するためには、日本社会の現状をこそ改革しなければならないということである。
と、書かれている。
実際に、wamを訪れたとき、多くの被害者女性の顔写真が展示されていることに圧倒させたことを覚えている。そしてwamを訪れた人が〈なぜこうしたことが起こり、また起こり続けているのか〉を自問し、そして(いかにわたしたちは、不正義をただし、反―暴力的な世界を作ることができるのか)を考えるよう促す、そのような展示方法が考えさせられていると、岡野八代氏は書かれている。

アーレントはユダヤ人という理由だけで世界から排除させようとした経験をもつアーレントが指摘しているように、もし被害者にとって世界の中心的な出来事が日本軍慰安所制度の設置であり、その精度で自らの尊厳(=正義)が踏みにじられたことだとするならば、そうした制度を可能とした世界とはいったいどのような世界だったのかを理解することが、被害者たちが世界と和解し得るための第一歩のはずであると岡野八代氏は書かれている。その上で岡野八代氏は、�牋岼舵忰瓩箸気譴身鏗下埆�性の救済の在り方を、ドイツ系ユダヤ人としてヒトラー政権下でユダヤ人絶滅の危機を経験した哲学者・ハンナ・アーレントの�猩族鬮瓩箸いΩ斥佞判鼎佑銅,里茲Δ墨世犬討い襦�

「アーレントは和解を論じるさい、ドイツ人を赦す、あるいはドイツ人が赦される、といった論議をしない。被害者、とくに組織的犯罪、国家犯罪、つまり構造的な暴力に巻き込まれた被害者の和解にとって重要なのは、何よりも、なぜこうした前代未聞の犯罪が起こり得たのかを構造的に明らかにすることであることだからだ。そのことが明らかになったとしても、被害者は加害者を赦さないかもしれない。しかし、被害者にとっての�猩族鬮瓩鯱世犬襪気い砲錣燭靴燭舛�まず目を向けなければいけないのは、加害者が赦されるか否か、ではなく、被害者がこの世界を他者と共有したいと願えるかどうか、そのためにわたしたちが何をすべきか、であるという点なのだ。」

そして続けて次のように書かれている。

「繰り返すが、被害者にとっての�猩族鬮瓩箸蓮�慰安所を作るような世界の事実が理解され、その理解に基づき、世界を変革し、女性を性奴隷・生の道具として扱い、人間性を奪うような社会が否定されることから始まる。」

わたしは、岡野八代氏が批判的に引用をしている大沼保昭著『「慰安婦」問題とは何だったのか』(中公新書)のなかで、「�牋岼舵忰畧�度とは、そうした(平和で、安全で、清潔で、社会サービスに親鸞のおけるような、戦後の)優れた国、世界に誇るべき数々の美点をもつ日本が、たまたまある時期犯してしまったひとつの過ち」だと書いていることに驚いている。この大沼保昭とは、女性のためのアジア平和国民基金�瓩陵�事の一人だったというから、女性のためのアジア平和国民基金�瓩修里發里�いかに日本国民のために、国際社会からの非難をかわすために作られた組織だということがよくわかるような気がする。そしてそのような組織がいくら日本の歴代総理の�犲婪瓩亮蟷罩疊鏗下埆�性に送ろうとも、それを受ける気持ちにならない被害女性たちの思いがわかるような気がする。

先月、東京で行われた、「アクティブ・ミュージアム�狃�たちの戦争と平和資料館(wam)�畆膾鼎痢◆屮筌鵝Ε丱縫鵐亜�Comfort Wkmen展のオープン・シンポジウム」を聞くなかで、わたしは�狎鐐莢坦伽嫻い呂匹Δ垢譴亠�されるのか�瓩箸いΔ海箸鯏玄┥譴謀玄┐気譴討い織ぅ鵐疋優轡△劉牋岼舵忰瓩箸気譴身鏗下埆�性たちの顔を見ながら、いや、彼女たちの瞳に問われているように思えた。わたしは岡野八代さんのこの書籍を読んで、�狎鐐莢坦伽嫻い呂匹Δ垢譴亠�されるのか�瓩箸いμ笋い修里發里�無意味であり、わたしがやることはなぜそのような戦争加害責任が生じたのかを�犢渋づ��瓩焚鯡世畦�解していくことなのだということがわかったのである。

岡野八代著『戦争に抗する―ケアの倫理と平和の構想』(岩波書店)は、ジェンダーフリー・パッシングから基本的人権や尊厳に対する無理解というテーマを扱った書籍で、決して「慰安婦問題」をテーマにしたものではない。本書は、2001年の9.11問題から、安倍政権による「集団的自衛権行使容認」、安保関連法案に関わる立憲主義破壊、それに関連する民主主義破壊、そして「憲法改正」とくに自民党憲法草案から見えてくる国家至上主義等、最近の日本社会における民主主義、基本的人権破壊について論じたものである。しかもそれらの問題を西洋における政治哲学〜論じられたものである。わたしはこの書籍から多くのことを学んだ。そして岡野八代さんは本書の�爐△箸�き�瓩房,里茲Δ暴颪�れていることが印象的であったと、また「慰安婦問題」が決して�牴甬遒量簑雖瓩任呂覆い箸いΔ海箸魏�めて考えさせられた。

「�牋岼舵忰疚簑蠅鯣疹覆任�ない国家は、国家の有事となればまた、市民を奴隷のように扱い、その生命を犠牲にする―。わたしはこの、単純にすぎる命題にいたる思索を重ね、ようやく本書を書き終えた。」

わたしにとってこの岡野八代著『戦争に抗する―ケアの倫理と平和の構想』が新たな思索の出発点になったのである。


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