叱れない親はもしかしたら叱らない子育てをされた親かもしれませんね。
経験がないことはできませんから。
リスクのある手段というのは無数にあります。でもそれをリスクだけ見て排除してしまったらどうなるのでしょう?
手段を捨てろという主張のほとんどはそれのようです。
気をつけて手段を使いましょうという語りをしたいですよね。
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叱っちゃいけないわけじゃない? 「叱らない子育て」、その正しい意味とは
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=3717686
■「叱らない子育て」が「叱れない親」を作るのか?
先日、女優・後藤久美子さんのインタビュー記事の中で彼女は、「話が終わってないのに捨て台詞を吐いて去っていくのを、飛び蹴りで止めたこともあります。(中略)叱らない親というのは、私は賛成しない」と答えていました。叱らない親について、あなたはどう思われますか?
今、「叱らない子育て」が育児の流れとして存在します。そして、「叱れない親」が増えていることも問題になってきています。ここでいう「叱れない親」というのは、
・公園で自分の子が他の子を叩いても見逃す
・スーパーで商品を食べてしまっているのに注意しない
・レストランで子供たちが大騒ぎしているのに何も言わない
など、子供の行動をそのまま容認してしまうケースを指します。
これを読むと、今の流れである「叱らない子育て」がそもそも良くないから、「叱れない親」が増えているのではと思うかもしれません。しかし、実際はそうではなく、「叱らない子育て」が間違って捉えられてしまったことで、「叱れない親」が増えてしまっているのです。
では、「叱らない子育て」の正しいバージョンと間違ったバージョンの差はどこにあるのでしょうか?
■正しい「叱らない子育て」で活用するものとは?
親は、子供の行動を正したいときに叱ります。つまり、子供の行動の方向性を変えるのが叱ることの一番の目的です。
・叩く→叩かない
・片づけない→片づける
・テレビを見る→テレビを消す
のように、多くは、子供の行動と親の願望が逆方向を向いているので、大きな方向転換を要します。
では、子供の行動を変えるのに一番効果的な方法は何だと思いますか? 厳しく叱ることでしょうか? 怒鳴ることでしょうか? 叩くことでしょうか? どれも違います。一番効果があるのは、ほめることです。たしかに、厳しく叱ったり、怒鳴ったり、叩いたりすれば、無理やりでもその行動を制止することはできます。が、次が続きません。無理やり止めさせたのでは、子供は改心できないからです。
今の心理研究で分かってきているのは、子供の行動を改善するには、ほめのパワーが必要で、叱るだけでは力不足だということが分かってきています。それゆえ、「叱らない子育て」なのです。「叱る」というと、なんとなくパワフルな印象がありますが、子供の行動改善をする力としては「ほめ」ほど強くありません。
■正しい「叱らない子育て」は、子供を絶対にほったらかさない
一般的には、子供たちが騒ぐと親がびしっと注意します。でも、叱らない子育てでは、親が行動を起こすのは、問題が起こってからではありません。子供が騒いだから注意するのではなく、その前のきちんと着席している段階でまずほめるのです。「みんな、すっかりお兄ちゃん、お姉ちゃんになって、きちんと座ってお食事ができるのね」と。自分のことを一人前として認めてもらえると、人はその枠からはみ出ないようにしようという心理が働きやすくなるので、結果的に叱らなくて済むことが増えていきます。
子供の行動を正しい方向へと導くために「ほめ」を使う、これは普段からしっかりと子供のことを見ていなければできないことです。だから、正しい「叱らない子育て」を実践している方は、子供を決して野放しにすることはありません。子供のことをきちんと見ているからこそ、叱らずに済むのです。
目の前の問題行動を見逃すタイプの「叱らない子育て」とほめの力で動かすタイプの「叱らない子育て」、言葉は同じでも、中身は雲泥の差なのです!
■叱らない子育ては、きちんと学んでから実践を
叱らない子育てをそのまま言葉通りに取ってしまい、子供が悪いことをしても注意しなかったり、やりたい放題にさせてしまうと、育児はどんどん大変になっていきます。なぜなら、子供は親から学ぶべきことを学べていないので、限界を知らないまま大きくなってしまうからです。かといって、いつも怒鳴ってばかりでは、子供は改心してくれず、ママはいつまでも怒鳴り続けなければなりません。大事なのはバランスです。注意すべきポイントは毅然と注意するけれど、できている部分もしっかりとほめる、という平衡感覚が非常に大事なのです。
これは自分の身に置き換えると実感できます。もしミスや失敗の連続なのに、だれも注意してくれなければ、「ま、いいか」という気になってしまいます。逆に四六時中、「仕事をしろ」「ちゃんと母親らしいことをやれ」と文句ばかり言われても参ってしまい、やる気も自信もなくなります。でも、注意されつつも、別の場面のできている部分で、「お、いい仕事しているな」「いいママしているじゃない」とほめられたら、「よしもっと頑張ろう」となるものです。
「叱らない子育て」は、育児書や講座などできちんと学んでから実践しないと、後々後悔することになります。なぜなら、ほぼ間違いなく数年後には手に負えない状態がやってくるからです。間違った「叱らない子育て」は、結局、自分に跳ね返ってきてしまいます。やるのなら「正しい叱らない子育て」を取り入れましょう。そのゴールは、叱れない親ではなく、叱らなくて済む親です!
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(超耳)
>正しい「叱らない子育て」を実践している方は、子供を決して野放しにすることはありません。子供のことをきちんと見ているからこそ、叱らずに済むのです。
問題行動を起こさなければ叱らずにすむのは当たり前ですよね。
じゃあ問題行動に至ってしまった場合はどうするの?
叱るという手段を放棄することで何が得られるの?
自己満足のため、素晴らしい子育てをしているワタシ像のために、子供を犠牲にしないでほしいと思います。
>そのゴールは、叱れない親ではなく、叱らなくて済む親です!
そんなゴールなどありません。
大人に置き換えてみます。
社会を見渡して、犯罪のない世の中がほんの一瞬でも存在したことがあったでしょうか?
まわりが気をつけていても悪いことをする人は出てきます。いえ、まわりも常に完璧などではいられません。「犯罪を取り締まるより犯罪をさせない社会」などと言えば聞こえはいいしステキなことを言っているスバラシイ自分と思えるのですけれど。バカなことですよね。
「叱らなくて済む親」の、なんというウツクシイ響きでしょう。
でもバカなことです。
>子供のことをきちんと見ているからこそ、叱らずに済むのです。
監視していれば叱らずに済む。言い換えるとそういうことになります。
「悪いことも間違ったこともできない親の監視下で生きる」。
こんな悲しい子供にしちゃいけないのです。
こういうのを広めるのって邪悪なことだなあと感じます。
悪いこともときにはしてしまう。間違ったことをしてしまうことが何度もある。
叱らなくてはいけない場面にも出くわす。
そういう教育のほうが健全です。
叱る以外の手段を豊富に持ち、かつ叱るという選択肢も捨てないほうが優れていますよ。
角を矯めて牛を殺す子育てでは困ります。そんなのが古いモデルになる時代に早く変わらないものでしょうかねえ。
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