先日、ジュンク堂書店大阪本店で『アートで平和をつくる―沖縄・佐喜眞美術館の軌跡』を買う。それは、先日の日記にも書いたように、Eテレ(NHK教育番組)の「こころの時代〜宗教・人生 シリーズ 私の戦後70年」で�牾欧錣譴型佑咾箸涼罎如鴫�縄でコルヴィッツと出会う�瓠丙栃�送)という番組を見たことがかっかけとなったからである。
岩波書店のホームページにある編集部からのメッセージには次のように記してあった。
「沖縄県宜野湾市にある佐喜眞美術館をご存じでしょうか.初めて訪れた方は普天間基地に食い込むようにして建っているその立地に驚かれると思いますが,それもそのはず,この美術館は,著者が普天間基地として接収されていた先祖の土地を米軍から取り戻して建てたものなのです.モダンでシンプルな建築が魅力的なこの美術館に足を踏み入れてみると,そのコレクションにも強い印象を受けることと思います.巨大な「沖縄戦の図」をはじめとする丸木位里・丸木俊の沖縄戦の連作や,貧しい人びとを描いたドイツの版画家・彫刻家のケーテ・コルヴィッツ,長崎の原爆を描いた木版画家の上野誠,そして深い精神性のある宗教画を描いたジョルジュ・ルオーらの作品が並びます.コレクションに貫かれているのは戦争への強い憤りと,戦争で犠牲になる社会で一番弱い人びとへの共感です.」
この佐喜眞美術館の館長であり本書の著者である佐喜眞道夫がどのような経緯で、佐喜眞家の養子となり、どのような経緯で「沖縄戦の図」を描いた丸木位里さん、丸木俊さんに出会い、どのような経緯で自らが美術館をつくろうと思われたのか、しかも沖縄県のは普天間基地に食い込むようにして建っているその立地に美術館を立て、「沖縄戦の図」を常備展示を行っているのか。そこには、戦後沖縄の歩みと、この世の地獄を集めたといわれる沖縄地上戦を経験してきた沖縄県民の�猗神錙θ鸚鎰瓩悗了廚い魴歃兀酩覆鯆未靴董�一人でも多くの人に伝えたいという思いが込められているということを知ったのである。
この佐喜眞美術館には、ケーテコルヴィッツのコレクションがある。そのコルヴィッツのコレクションは世界的にも類を見ない数のコレクションだと言われている。このコルヴィッツとの出会いを次のように書かれている。
「上野誠や後で触れる丸木俊がケーテ・コルヴィッツ(1867−1945)は、私のコレクションにとって要のような位置を占めています。学生時代に読んだ魯迅の「深夜に記す」でその名を知って以来、私はケーテの作品を見たいと切望していました。それから十数年を経て、銀座のS画廊で初めてケーテの�狃�と死んだ子ども�瓩搬侈未靴泙靴拭J貎討六爐鵑世錣�子の胸に顎が食い込むほどに強く抱きしめています。一瞬これは母親が子どもを食っているのではないかと言葉を失ってしまいました。しばらくすると、これほどまでに深い母の嘆きと愛に満ちた表現に、私は魂をわしづかみにされてしまいました。ケーテは第一次世界大戦で息子を、第二次世界大戦で孫を失いました。ヒトラー政権下では、�狢倏儼歃儉瓩箸気譟△垢戮討寮�作と発表を禁止されてしまいました。それでも制作をやめません。亡命もせず、戦争を女性の悲惨と嘆きとして描き続けました。ケーテは孫娘ユッタに宛てて次のような文章を遺しました。�爐い弔�は新しい思想が生まれるでしょう。そして一切の戦争を根だやしにするでしょう。[中略]平和主義を単なる反戦と考えてはなりません。それは一つの新しい思想、人類を同胞としてみるところの理想なのです�瓠淵院璽董Ε灰襯凜�ッツの日記 鈴木東民訳 アートダイジェスト2003年)/魯迅の�狄写襪傍�す�瓩蓮↓犧郤圓呂い沺淵劵肇蕁疾�権下=引用者註)、沈黙を守ることを余儀なくされているが、かの女の作品は、はるかに数をまして極東の天下に姿を見せることになった。そうだ、人類のための芸術は、別の力でそれを阻止することができないのだ�瓩鳩襪个譴討い泙后�この言葉は、コレクションの形成にいまひとつ確信が持てなかった私を大いに勇気づけてくれました。私のケーテ・コルヴィッツのコレクション五九点は、現時点では東アジアで最大のものだといいます。」
わたしがこの書を読んで著者である正木道夫氏が沖縄のいまは米軍に没収されている自身の土地に美術館をつくりたいと沖縄防衛局に出向き3年のつきを経ても未だ回答が得られず、宜野湾市の担当者の尽力を得て米軍の関係者に会ったところ、すぐにOKが出たという経験から著者は次のように語っている。
「私は唖然としました。私のこの小さな経験から言えば、沖縄のささやかな願いを長期間邪魔し、屈服させようとしていたのは米軍ではなく、日本政府の方だったのです。」
この言葉は何かしら現代の沖縄の米軍基地問題にもつながるように思われてならないのである。さらにわたしはこの佐喜眞美術館に常備展示されている「沖縄戦の図」を見てみたい。もう一度なんとか沖縄に行って、この佐喜眞美術館を訪れてみたい思いがしてならないのだ。
ちなみに、ケーテ・コルヴィッツの版画集もケーテ・コルヴィッツの日記も絶板状態になっている。しかし未だこそ、ケーテ・コルヴィッツの版画集や日記が読まれる時期ではないだろうか。戦争の足音が聞こえてくるようになって今だからこそ。わたしはだからこそ、沖縄の佐喜眞美術館に行きたいのだ。
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