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2015年09月23日11:07

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沖縄県翁長雄志知事がジュネーブで開かれた国連人権理事会での演説と高橋哲哉著『沖縄の米軍基地―「県外移設」を考える』(集英社新書)と

■国連で「辺野古ノー」 翁長知事、国際社会にアピール
(朝日新聞デジタル - 09月23日 05:33)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3628769

社説[翁長知事国連演説]差別的処遇 強烈に批判
 翁長雄志知事は21日、スイスで開かれた国連人権理事会に出席し、名護市辺野古の新基地建設反対を訴えた。
 英語で2分程度、日本語にすると430字余りの短い演説だったが、これまでの主張が濃縮された内容だった。
 国連の場で沖縄県知事が基地問題を訴えるのは初めてのことである。苦難の道を歩んできた沖縄の人々の痛切な思いを代弁した歴史的なスピーチであり、高く評価したい。
 沖縄は1945年、敗戦によって米軍に占領され、施政権が返還されるまでの27年間、日本国憲法の適用を受けない「無主権・無権利」状態に置かれた。基地のほとんどは、その間に建設された。
 「基地の中に沖縄がある」と表現されるほど米軍基地が集中し、米軍機の墜落事故や米兵による事件が絶えなかった。復帰前の沖縄は、軍事政策がすべてにおいて優先された「軍事植民地」だった。
 沖縄の人たちは国連憲章や世界人権宣言、日本国憲法などを根拠に「自治・人権」を求める闘いを続けてきた。  しかし72年の復帰は施政権を返還する代わりに、基地の自由使用・長期継続使用を認めるものであった。
 翁長知事の演説で注目したいのは「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」との現状認識に立ち、「自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか」と沖縄だけに過重な負担を強いる政府の安全保障政策を厳しく批判した点だ。
 知事は演説で「あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟です」とあらためて強調した。退路を断ち、政治生命をかけて、問題に取り組む強い意志を示したのである。
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 辺野古新基地建設をめぐって浮上したのは、沖縄戦から続く沖縄への差別的処遇だ。
 かつて防衛事務次官を務めた久保卓也氏は「基地問題は安保に刺さったトゲである。都市に基地がある限り、安保・自衛隊問題について国民的合意を形成するのは不可能」と述べ、基地が沖縄に集中する理由を明らかにしたことがある(『マスコミ市民』95年11月号)。
 安倍晋三首相の外交・安保のブレーンだった元駐タイ大使の岡崎久彦氏は、沖縄の置かれた状況を船に例え「沖縄の人が怒っているのは自分たちの部屋がエンジンルームに近くて、うるさくて暑い。これは不公平だと言っているわけです。どうせ誰かがエンジンルームの側に住むわけだから、それに対する代償をもらえばいい」と話した(『ボイス』96年2月号)。
 沖縄に米軍基地を集中させる見返りに振興予算を投下する手法は「補償型政治」と呼ばれる。その補償型政治が今、限界にきている。
 昨年の名護市長選、知事選、衆院選で示されたのは新基地建設に反対する沖縄の民意であり、補償型政治への拒絶反応だ。
 県企画部が2012年に実施した県民意識調査で、米軍基地の沖縄集中に7割を超える県民が差別的と答えていた。本紙などが今年6月に実施した調査では辺野古移設への反対が66%に上った。 
 沖縄の民意は10年ごろを境に、この基調が続いている。
 翁長知事は圧倒的な民意を背景に、あらゆる手段を使って新基地建設を止めると公言する。もはや辺野古への基地建設は不可能だと見なければならない。
 それを押し切って日米両政府が新基地建設を強行するようなことがあれば、沖縄の地方自治はずたずたに破壊され、安保体制にも大きなダメージを与えるのは確実だ。
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 演説で翁長知事は少数意見をかき消す日本の民主主義に疑問を投げた。それはもう一方の当事者である米国に向けられた言葉でもある。
 日米地位協定は米軍に対し「公共の安全に妥当な考慮を払わなければならない」と義務付けている。
 米軍に基地の使用者責任があることを忘れてはならない。そのことを自覚した上で、現在の深刻な状況を打開するため日本政府に計画見直しを働き掛けるべきだ。
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<社説>知事国連演説 政府は重く受け止めよ 国際社会へ訴え継続を
 沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている−。冒頭の言葉に全てが集約されている。沖縄の県知事が国連の場に出向いてでも訴えざるを得なかった現実を、政府は深刻に受け止めるべきだ。
 翁長雄志知事がスイスのジュネーブで開かれている国連人権理事会で演説した。沖縄に米軍基地が集中し、基地問題が県民生活に大きな影響を与える中、選挙で何度も示された民意に反して新基地建設が強行されようとしている実態を説明した。戦後70年たっても続く沖縄の不条理を知事自らが国連で訴えたのは画期的だ。
基地問題の原点
 翁長知事が演説で強調したのは「沖縄の米軍基地は第2次大戦後、米軍に強制接収されてできた。沖縄が自ら望んで土地を提供したものではない」という点だ。
 沖縄戦後、米軍は住民を収容所に集め、その間に基地を造った。1950年代には基地拡張のため「銃剣とブルドーザー」で強制的に住民の土地を取り上げた。占領下での民間地奪取を禁ずるハーグ陸戦条約に違反する非人道的な手法であり、沖縄の基地は人権や自己決定権が踏みにじられる中で形成された歴史的事実がある。
 ところが現在でも米軍普天間飛行場の移設計画で同じことが繰り返されようとしている。これに関し翁長知事は「自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れない国がどうして世界の国々と価値観を共有できるのか」と突き、新基地建設阻止に向けた決意を示した。
 国連人権理事会は、加盟国の人権状況を監視し改善を促すため、2006年6月に発足した国連総会の下部機関だ。年3回以上会合が開かれ、今回はシリアや北朝鮮の人権問題、欧州に流入する難民問題などが議論されている。
 各国政府や非政府組織(NGO)の報告が続く中、翁長知事の演説は約2分だったが、短い時間で基地問題の原点と現状を的確に伝えられたのではないか。
 聴衆からは「沖縄の悲惨さに驚きと同情を禁じ得ない」(在ジュネーブのエジプト人作家)、「沖縄県民とは痛みと不幸を分かち合うことができる」(日本の戦争責任を問うオランダの財団幹部)といった声が上がった。
 戦後70年の節目に、日米安保体制下で基地押し付けの構造的差別にあえいできた沖縄の知事が、国際世論にその不正義性と理不尽さを訴えた意義は非常に大きい。
必然性乏しい新基地
 翁長知事の演説に対し、日本政府は会場から反論した。発言したジュネーブ国際機関政府代表部の嘉治美佐子大使は「日本の国家安全保障は最優先の課題だ。辺野古移設計画は合法的に進められている」などと主張した。
 基地形成の歴史や自己決定権侵害に対する翁長知事の問いに、直接答えたものとは言えない。
 政府は「人権問題の場で辺野古移設はなかなか理解されない」(菅義偉官房長官)と知事をけん制したが、沖縄の基地問題は優れて人権問題であることは明白だ。「移設計画が合法的」というが、公約に反して埋め立てを承認した前知事が選挙で大敗した結果を無視し、計画を強行すること自体が民主主義に反する行為である。
 中国のミサイル射程内にある沖縄での海兵隊基地の新設には、米知日派の重鎮らでさえ疑問の声を上げる。だが新基地の必然性に対するこうした指摘を、政府はまともに取り合ってこなかった。
 だからこそ翁長知事は国連に行かざるを得なかったのだ。政府は知事の演説を今こそ正面から受け止めるべきだ。現行移設計画に固執するようなら国際世論からも厳しい批判が向けられよう。日本と歩調を合わせ「辺野古が唯一」と繰り返す米政府も同様だ。
 演説で知事は「世界中から関心を持って見てください」と呼び掛けた。歴史を刻んだ今回の成果を踏まえ、今後は日米両政府との粘り強い協議と並行し、国際世論への継続的な発信も求められよう。
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上記は、今朝の沖縄タイムス、琉球新報のそれぞれの社説、「[翁長知事国連演説]差別的処遇 強烈に批判」と「[翁長知事国連演説]差別的処遇 強烈に批判」の全文である。

沖縄県翁長雄志知事がジュネーブで開かれた国連人権理事会で、わずか2分間の演説であったが、その内容の濃密であり、沖縄県米軍基地問題を安全保障問題から�狄邑¬簑雖瓩悄�日本の国内問題から�犢餾殘簑雖瓩悗罰幣紊欧鮴�かれたことに大きな意味がある。

では、何故この沖縄県米軍基地問題が�狄邑¬簑雖瓩砲覆襪里世蹐Δ�。それは、翁長雄志知事の�牴�縄の人々の自己決定権がないがしろにされている−。�瓩箸いΩ斥佞妨修譴討い襪任△蹐Α��牴�縄の人たちは国連憲章や世界人権宣言、日本国憲法などを根拠に「自治・人権」を求める闘いを続けてきた。�瓩靴�しながら安倍政権はそれらの�牴�縄の自己決定権�瓩魄豺佑世砲靴討い覆ぁ�

もっと言えば、「先住民族の権利に関す国際連合宣言」では�狎莉嗣餌欧療效呂�よび領土の非軍事化の必要性�瓩�謳われている。もちろん日本政府が先住民族として認定しているのは、アイヌの人々だけであり、琉球・沖縄の人々にはそのような認定はしていない。しかし琉球・沖縄の人々の�狢舅足瓩噺世錣譴襪錣燭靴燭粗�本本土とは異なる伝統的文化を継承していることは疑うことはできない。たとえば、墳墓一つ取ってみたもそうなのである。では、何故日本政府は琉球・沖縄の人々を先住民族と認定しないのか。そこには沖縄に米軍基地が多数あるからではないのか。わたしはそのように反対に勘繰りたくなるのだ。

ただ翁長雄志知事は今回�狎莉嗣餌沖瓩力辰楼豸世發靴覆�った。しかしながら沖縄の人々には自分たちが琉球・沖縄の人間であるという高い誇りを持ち続けていることだはわかるのである。そのことは「沖縄は1945年、敗戦によって米軍に占領され、施政権が返還されるまでの27年間、日本国憲法の適用を受けない「無主権・無権利」状態に置かれた。基地のほとんどは、その間に建設された。
 「基地の中に沖縄がある」と表現されるほど米軍基地が集中し、米軍機の墜落事故や米兵による事件が絶えなかった。復帰前の沖縄は、軍事政策がすべてにおいて優先された「軍事植民地」だった。 / 沖縄の人たちは国連憲章や世界人権宣言、日本国憲法などを根拠に「自治・人権」を求める闘いを続けてきた。/  しかし72年の復帰は施政権を返還する代わりに、基地の自由使用・長期継続使用を認めるものであった。」(沖縄タイムス)という真さんな時間を過ごせば過ごすほど、深く琉球・沖縄の人々の血となり肉となって行ったのであろう。その高い誇りの上に立って、 「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」との現状認識に立ち、「自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか」と沖縄だけに過重な負担を強いる政府の安全保障政策を厳しく批判した点だ。 / 知事は演説で「あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟です」とあらためて強調した。退路を断ち、政治生命をかけて、問題に取り組む強い意志を示したのである。」

それでは、同じ日本国民として、沖縄県の翁長雄志知事や沖縄県の人々の米軍基地の「県外移設」をどのように受け止め、考えればよいのだろうか。そのことに大きな示唆を与えてくれるのが、高橋哲哉著『沖縄の米軍基地―「県外移設」を考える』(集英社新書)であろう。その著作中、高橋哲哉氏が一貫して訴えているのは、「日本国民の八割以上が日米安全保障条約の必要性を認めている、つまり日本国内の米軍基地駐留は認めている。しかし日本本土のわたしたちはそのリスクを取ろうとしてしていない。すべて沖縄に押し付けている。だったら日本本土のわたしたちは日米安全保障条約のリスクを取って沖縄にある米軍基地を引き受けるべきではないか」ということを、何故沖縄に米軍基地が集中することになったのか、本当に日本政府は米国政府に米軍基地の運用について�爍裡廊瓩噺世┐覆い里�もなどを歴史的に、あるいは左翼思想による「反戦運動」が沖縄の�犖�外移設�瓩砲箸辰討い�に大きな壁になっているのかを、論理的、哲学的に論じている一冊であった。

「国外に、最低でも県外に」といった元首相・鳩山由紀夫はなせ官邸内で孤立したのか。いや鳩山由紀夫以前に�犢餝阿法∈把磴任盡�外に�瓩箸い辰深鸛蠅�いた。それはあの小泉純一郎であった。では何故小泉純一郎をしても、この問題は前に進まなかったのか。そこには米国、以前に日本官僚の大いなる抵抗があったか二だということを明らかにされている。

わたしは、高橋哲哉著『沖縄の米軍基地―「県外移設」を考える』を読んで、次の大阪府知事選、市長選にはおく縄の米軍基地受入を公約とする人物に一票を投じたいと考えるようになった。そのためには前もって、FB等はこの問題を候補に投げかけたい。そしてその反応を見て投票行動につなげていきたいと考えるようになった。

、「日本国民の八割以上が日米安全保障条約の必要性を認めている、つまり日本国内の米軍基地駐留は認めている。しかし日本本土のわたしたちはそのリスクを取ろうとしてしていない。すべて沖縄に押し付けている。だったら日本本土のわたしたちは日米安全保障条約のリスクを取って沖縄にある米軍基地を引き受けるべきではないか」という高橋哲哉氏の言葉に大いに賛同し、これからのわたしの行動につなげていきたいと考えているのである。

そのような意味からも、高橋哲哉著『沖縄の米軍基地―「県外移設」を考える』(集英社新書)は一読する価値のある名著だと考えるのである。


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