人間はゲームをすることのできる生き物だ。
人間と動物との違いはゲームをするか否かである。
人生で起きる出来事のほとんどがゲームだといってもいい過ぎではない。
買い物は最も手軽で身近なゲームだ。
予算を決め、その範囲内でできるだけたくさんの物を買うのが目的だ。
1円でも安い物を買いたがるのは買い物がゲームだからである。
わざわざ高いガソリン代を払ってでも
チラシで発見した郊外のイオンの特売品を買いに出かけるものそのためである。
ガソリン代を追加すればかえって高くつくというのに。
買うこと自体が目的だから、
買った商品のひとつがその後行方不明になったとしても暫くは気が付かないだろう。
そして生ものは冷蔵庫の奥に入ったままの状態で数日後、廃棄されることになる。
消費者だけでなく企業もゲームをしているのだ。
どうやって安い労働力を確保し、
どうやって同業者の製造・販売ノウハウを手に入れ、
どうやって高く売ってやろうか、
全てはゲームであるといえる。
産地偽装してどうやってバレないように売るか、そんなことを考える業者さえいる。
最近は婚活という言葉をよく耳にするが
婚活というのは最もゲームらしいゲームである。
目的が「結婚相手を見つける」で、非常にシンプルだ。
だが婚活に限らず恋愛そのものがゲームといえるだろう。
目的を果たすことで達成感を得ることができ、
自分を高く評価することができる。
いい結果、つまり自分に対する高い評価(人気)を獲得することが目的であり
どれだけ幸福になれるか、とは別次元の問題である。
だがいつかゲームは終わる。
永遠に続くゲームなどこの世に存在しない。
5年間で「自分探しの旅」を完結できるか、
それは正しくゲームであり、
競争する者はゴール(真の幸福)には到達できないだろう。
なぜなら勝ち組も負け組もゲームの参加者にしか過ぎないからだ。
あと5年で死ぬとしたら、あなたは何をしますか?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=112&from=diary&id=3602557
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