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2015年06月27日12:54

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身の丈以上の権力が見せつける風景―国家破滅の風景

百田氏発言 2紙が共同抗議声明
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3487449

自民党の安倍晋三に近い、若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」での「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」という発言や、百田尚樹の、沖縄の主要紙である琉球新報、沖縄タイムス2紙が政権に批判的だとの意見に対し、「つぶさないといけない」と応じ、そのうえで「あってはいけないが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば(県民も)目を覚ますはずだ」と語ったという。基地負担に苦しむ県民の感情を踏みにじるような暴言が飛び交ったという。

わたしは、それが自分の身の丈以上の権力を�牋�った�瓩抜�違いしているバカ者たちの本性だと思った。彼らは日頃からそのような自分の意に沿わないマスコミや沖縄に対して、このような考え方をもっていたのだろう。そして自分と考えを同じくする仲間が集まった勉強会だからと思って、ついつい気を許して、日頃自分が思っていることをその場で語ってしまったのだ。それもすべて�狄箸両羂幣絽⇔廊瓩�なさる技なのである。

人間は、だれでも自分の身の丈以上の権力を握ると、自分はその組織において�狎簑亅瓩覆里世箸い�錯覚を起こす。自分にできないことはない、自分が考えていることはすべて許されるのだと思い込んでしまう。そしてそのような身の丈以上の権力を握ったと錯覚している輩が集まると、ついつい日頃は絶対に口にできない禁句であっても、軽々と発言してしまうのである。それは自分とおなし考えをもつ仲間の集まりであるという�牋多幹境瓩砲茲襪里任△襦�

その場では、自分と同じことを考えている者がその場以外では絶対に発言することのできないような内容の発言をするそれに輪をかけてまた別の者が発言をする。そしてさらにその発言に輪をかけたような発言をしていく。そのときは、このような発言が外部に流れたときに、どのような反響がかえってくるかなどと考えずに、である。より過激な発言が飛び交う。まさしく自分の身の丈以上権力を握ったという錯覚になせる業である。

そのようなことは、ヘイトスピーチ・デモでも見られる。この集団は自分が日頃考えていることと同じことを考えている仲間の集団である。そこに何かしらの�牋多幹境瓩�湧いてくる。そしてそのデモ活動においては日頃考えていないような、より過激で、より辛辣な言葉が口を衝いて出てくる。その言葉が相手をより深く傷つければ傷つけれられるほど、その集団内では称賛される。その勝算は本人にとってはこの上もなく快い。その快さがさらにより過激でより辛辣な発言へと転じていく。それがヘイトスピーチデモ集団の心理なのである。

今回の自民党の安倍晋三に近い、若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」もこのヘイトスピーチデモ集団と同じような心理状態が働いていたのである。ただわたしが怖いのは、国家権力を握っている国会議員たちの集団で行われたということである。身の丈以上の権力はやがてその権力を握っていると錯覚しているものを押しつぶしていく。そのときに国歌というものも同時に押しつぶされていく。かつて70年前にわたしたち日本国民が経験したあの十五年戦争と同じである。十五年戦争はまさに自分の身の丈以上の権力を握ったと錯覚した連中が起こした戦争であり、その戦争に多くの日本国民もアジア諸国の人々もその他多くの人々も巻き込んでいったのである。それと同じ風景を見ているような恐怖感を感じているのである。これはとても怖い風景なのである。


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