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2015年05月28日22:02

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「利己的な遺伝子」の話をしなければ。

安倍首相「専守防衛は不変」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3437797

利己的な遺伝子とは、1980年頃に、イギリスの動物行動学者が提唱した、
動物の行動を説明するための概念です。

理解するには要点があって、まず第一は、遺伝子とDNAを分けて考えることです。
遺伝子=DNAはよく混同されますが、ざっくりといえば、
目が大きいとか色が白いとか運動神経がいいとかそういう「遺伝子」が、
たくさん集まったものが「DNA」です。

もう一点は、この説はあくまで「行動説明」のための概念であって、
遺伝子が意志を持って人間を操ってるとかそういう意味ではありません。
そっちのほうが面白いですし、実際「利己的な遺伝子」は、
そういう方向性で大きな影響を映画などに与えましたが、実際は違います。

理論の根幹自体はとってもシンプル。
「動物は(私たちは)、自分の持つ遺伝子と同じ遺伝子を多く残そうとする」というもの。
この理論が出るまでは、「動物の本能と目的は自分のDNAを残すこと」とか、
「動物たちって同じ種類で助け合うよね、それが当然だよね」と語られてきました。
しかし、利己的な遺伝子論では、「DNAを残す?同じ種類で助け合う?それほんと?」と、
疑問を投げかけ、両者を統一する新提案をしたのです。

例えば、ハチのような、女王だけが生殖を行う社会での、
働きバチの存在価値はなんなのか?ということも一応の説明がつきます。
働きバチは繁殖できないので、自分のDNAを残すことができません。
生物の本能が自分のDNAを残すことならば、これは大きく矛盾しているわけです。
しかし、働きバチは女王蜂の子ですから、女王蜂だけが生殖能力を持ったとしても、
自分の「遺伝子」であればたくさん残すことができます。

wikipediaでも何種類か例がありますが(というか原著からの引用)、
中でも衝撃的なのはペンギンの例でしょう。
あれた海は地上からは中が見えず、用心深いペンギンは海中にアザラシがいることを恐れて飛び込むことができません。
どうするか。
他人を突き落として様子を見ます(笑)。
この行為は、明白に、同じ種類で助け合うという本能に外れます。
しかし、利己的な遺伝子という立場に立てば、自分ないし家族が助かれば、
友人は死んでもOKっていうかマシっていうか。


なんで、こんな話をこんなニュースで書くか。
人間にも利己的な遺伝子が当然ながら働いているからです。

他の動物に見られず、人間に見られる最たる例は、「自己犠牲」です。
例えば、投げ込まれた手榴弾から仲間を守るため、覆いかぶさって爆死する兵士。
そんな例は、古今東西、いくらでも記録に残っています。
まず、これが利己的な遺伝子の第一の段階。
自分に近い遺伝子を守るため、自己犠牲を行う人たちです。

でも、問題は第二の段階です。
上記の例は、しかし、統計的に言うと「ない」と言えるほど少ない例です。
にもかかわらず、みんな何かしら知っていて、口々に褒め称え、英雄と祭り上げます。
なぜか。
それに感動して自己犠牲してくれる奴がいれば、自分が生き残るからです(笑)

昨今のいろいろな問題は、上記の第二の段階のような、
欺瞞に満ちた議論がなされているような気がしてなりません。
例えば、紛争地域に兵隊を送るということを考えた時、
利己的な遺伝子の視点で見ればいろいろな「利己的行動」が見えてきます。

・軍隊行かせて死んで貰えばいいや。(私の生活が脅かされなければね。)
・軍隊出さずに遠くで誰かが死ぬ分にはいいや。(私の生活が脅かされなければね。)

・某国が攻めてきたら誰かが戦いに行って止めてこいよ。(だから軍隊作ろう)
・某国が攻めてきてもどうせ死ぬのは九州人ぐらいでしょ(だから軍隊いらない)

どっちも同じことの裏表かもしれません。
けっして、どっちかが正しくどっちかが間違ってるということではないのだと思います。
ただ、もう、議論がかみ合わない。
お互いに、自分の足元が見えてないというか、この日記の内容で言えば
遺伝子のささやきに気づいてないというか、そんなような感じがします。
結局私たちは安全だの平和だの戦争だのに、
「自分の何を」のっけようとしているのか、見つめ直すべきではないかなと思います。


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