努力しなければ傷つかない。全力を出さなければ「自分だって本当はすごい」と思い続けることができる。
こういうの、たぶん大なり小なり誰にでもある考えなんだと思うのです。
一部にはかなり早い段階で逃げてしまう人もいるみたいですよね。努力がほとんど無に等しいから、努力がどれだけ通用するかを知らない。努力がどれだけ通用しないかを体験したことがない。そりゃそうですよね。ジャンプすらしたことがない赤ん坊は、努力すればヒトだって飛べると思ってしまうのも無理がない。
そういう人が大人になると「次は頑張ろうね」と言うのかもしれませんね。
ジャンプすら試さない赤ん坊のまま、大人になるような人が。
努力した人に対して、
「今回は頑張らなかったな、おまえ」
ですよ。恐ろしい。
恐ろしい言葉を励ましに代えて送り込んでくる人間、イヤですよね。
そんなモンスターが自分の親だったらと想像するだけでまっぴらごめんのぷぅです。親を取り替えてほしいと私なら切望する気がします。(親を選んで生まれてくることはできない理不尽をなんとかしてほしくなりますね)
◆
■ビリ、大失敗、挫折…「努力は報われる」「次は頑張ろうね」が子どもに悪影響なワケ
(It Mama - 05月07日 12:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=163&from=diary&id=3405064
■「努力と結果」に固執しすぎないで
・努力すれば何とかなる
・結果が出ないのは努力が足りないからだ
・努力は必ず報われる
高い目標を立てて、思うような結果が出なかったときに自分を責めるのや止めましょう。世の中の価値基準を元に思い込むと自分が苦しくなってしまします。
◆
(超耳)
まれには、努力の天才と呼ぶべきタイプの人がいて、結果が出るまで努力を継続できるのかもしれません。そういう人は同タイプに対しては記事にあるような励ましをして効果を出すかもですよね。
ただ、そういうタイプに生まれたということは努力の結果ではないので、他の人を責めたらいけないとは思います。
逃げが早くてろくに成果も出した経験がない人が大半なんだろうなあ。
「自分はやればできる人間。ほんとうの自分はすごい人間。ほんとうの自分にみんな気付いていない。みんな、ほんとうの自分に気づいて!努力すればなれるはずのほんとうの自分を見て!」
と主張するタイプなんだと思います。醜怪ですよね。でも、まれにはいるんだと思います。
べつにいてもいいと思うのですが、他人を付き合わせるところだけは迷惑ですよね。
「つまりあなたはこういうタイプですよね」と真実を告げるところまでは、対処として妥当なんじゃないでしょうか。迷惑への対価として。
親切で言うのじゃないわけです。単純な防御と、そして正直者が馬鹿を見る世界から遠ざかるためだけに言うのでいいと思います。
言われて粉々になる最終幻想だったら、遅かれ早かれ砕けてダメになったに違いないのですし。
>・努力すれば何とかなる
>・結果が出ないのは努力が足りないからだ
>・努力は必ず報われる
部分的には間違っていないんですよね。
努力が足りない人に「努力が足りないですよね」と言うだけなら、決して悪いことじゃないのにー。
なんか、世の中にエセ因果関係を持ち込む人が一部(=大部分)いるような気がします。
努力も苦労も嫌いな親だな、と他人から見破られていることを知れば、ちょっとは気をつけるのかな?
たぶん多くの場合は焼け石に水だと知りつつもたまにすごい人もいるので希望はあると思っている私です。
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