わたしが大学での�犖Φ羲圓箸靴討瞭鮫瓩鯆�め、民間企業の人事部に働くようになって驚いたのは、まさかこんなことでこんな言葉を聞くことになるとは思わなかったということである。
最初は、その会社の採用時の人事部長面談の時であった。その時、人事部がわたしに、「きみは大学で哲学を専攻していたようだが、西谷啓治という哲学者を知っているかね。わたしは今、西谷啓治という人の『正法眼蔵講話』という本を読んでいるのだが、さっぱりわからないんだ」と話しかけてきたことである。
�爐泙気�こんなところで西谷啓治先生の名前を聞くなんて�瓩隼廚辰董◆屬錣燭靴論消�啓治先生に哲学を習っていました。『正法眼蔵講話』という本は、西谷先生が関西学院大学のゼミでの話をテープに録音し、それをテープ起こしして、本にまとめたものなのです。だからわかりづらいところもあるかと思います。」と、人事部長に『正法眼蔵講話』という本の説明をしたことを覚えている。
またある教育部のコンサルタントが「自分の習っている茶道は西田哲学の茶道」だと話していたことがあった。
わたしには、�狎湘津�学の茶道�瓩箸楼貘硫燭鮓世辰討い襪里�、最初聞いた時にはよくわからなかった。そして話を聞いていると、そのコンサルタントはある人について茶道を習っている。その習っている人の先生が久松真一に茶道を習った人の弟子にあたる、だから、自分が習っている茶道は�狎湘津�学の茶道�瓩世箸いΔ里任△襦�
しかし民間企業に就職してまで、�狎消�啓治�甅狎湘津�学�瓩筬犁彎梢唇讚瓩箸いΩ斥佞簗樵阿鯤垢�ことになろうとは思ってもいなかったのである。
久松真一は、西田幾多郎の最古参の弟子の一人で、�狒蟻慮貝瓩�ら宗教哲学を確立した、現代の禅思想家の一人である。
禅体験から宗教哲学を確立した禅思想家としては、鈴木大拙がいる。西谷啓治先生の下で助教授をしていた武内義範という宗教哲学者は、鈴木大拙を「包容力豊かないわば麓の広い秀麗なる山谷」に譬えられるエッセイストに対して、久松真一を「孤高峻厳で、そそり立つアイガーの岩壁」に譬えられる論理的表現による哲学者としてとらえている。西田・田辺哲学が�狹�学の立場から宗教の問題に近づこうとしたのに対して、久松哲学は宗教の立場から哲学に近づいて行った�瓩範世犬討い襦�
わたしが久松真一の著作を初めて購入して読んだのは、大学の学部生だったと思う。当時の理想社から刊行されていた『久松真一著作集』の第一巻「東洋的無」と第二巻の「絶対主体道」を買って読んだが全く歯が立たなかったのを覚えている。
その後、会社勤めを初めて夏のボーナスで法蔵館から刊行された『久松真一著作集』を全巻購入した。法蔵館版には単に久松真一の著作だけではなく、未発表の論文や対談なども含まれていた。しかしその時も歯が立たなかった。大学という研究機関を離れてしまったので阿多の前なのかもしれないが。
京都学派の研究が盛んとなったが、久松真一の研究はまだ本格化していない。その理由は久松真一の哲学があまりにも�狷颪靴垢�る�瓩箸いΔ海箸�よく言われる。西谷啓治先生をして「枠外の人」と言わしめた人なのである。
久松真一は、茶道をやる人にとってはある種、�狷瓦譴了彖朮鉢瓩覆里任△蹐Δ�、そのうちの何人の人が本当に久松真一の著作を読んでいるのだろうかと、ふっと思ったことがある。
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