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2014年11月27日12:29

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�犁�憶の主人になるために�瓩箸いμ笋い�けに対して

(論壇時評)孤独な本 記憶の主人になるために 作家・高橋源一郎

 去年、韓国で出版され、「元慰安婦の方たちの名誉を毀損(きそん)した」として、提訴・告訴された、朴裕河(パクユハ)の『帝国の慰安婦』の日本語版が、ようやく公刊された〈1〉。感銘を受けた、と書くのもためらわれるほど、峻厳(しゅんげん)さに満ちたこの本は、これから書かれる、すべての「慰安婦」に関することばにとって、共感するにせよ反発するにせよ、不動の恒星のように、揺れることのない基軸となるだろう、と思われた。そして、同時に、わたしは、これほどまでに孤独な本を読んだことがない、と感じた。いや、これほどまでに孤独な本を書かざるを得なかった著者の心中を思い、ことばを失う他なかった。
 「朝鮮人慰安婦」問題は、日本と韓国の間に深刻な、修復不可能と思えるほどの亀裂を生み出した。片方に、「慰安婦は、単なる売春婦に過ぎない」という人たちが、一方に、「慰安婦たちは、強制されて連れて来られた性奴隷だ」とする人たちがいて、国家の責任をめぐって激しい論争を繰り広げてきた。
 朴裕河はこういう。
 「これまで慰安婦たちは経験を淡々と話してきた。しかしそれを聞く者たちは、それぞれ聞きたいことだけを選びとってきた。それは、慰安婦問題を否定してきたひとでも、慰安婦たちを支援してきたひとたちでも、基本的には変わらない。さまざまな状況を語っていた証言の中から、それぞれ持っていた大日本帝国のイメージに合わせて、慰安婦たちの〈記憶〉を取捨選択してきたのである」
 朴がやろうとしたのは、慰安婦たちひとりひとりの、様々な、異なった声に耳をかたむけることだった。そこで、朴が聞きとった物語は、わたしたちがいままで聞いたことがないものだったのだ。
     *
 朴は、「朝鮮人慰安婦」たちを戦場に連れ出した「責任」と「罪」の主体は、帝国日本であるとしながら、同時に、実際に彼女たちを連れ出した朝鮮人同胞の業者と、そのことを許した「女子の人生を支配下に置く家父長制」(日本人の場合も同じだ)を厳しく批判する。
 「謝罪」すべきなのは、帝国日本だけではない、「韓国(および北朝鮮)の中にも慰安婦たちに『謝罪』すべき人たちはいる」のだ。だが、そのことは忘れ去られた。なぜだろうか。植民地に生きる者は、時には本国民よりも熱く、その宗主国に愛と忠誠と協力を誓った。それが仮に真意ではなかったとしても。そして、そのことは、忘れるべき「記憶」だったからだ。
 「日本人慰安婦」の代替物として戦場に送られた「朝鮮人慰安婦」にとって、日本人兵士は、時に(身体と心を蹂躙(じゅうりん)する)激しく憎むべき存在であり、時に(同じように、戦場で「もの」として扱われる)同志でもありえた。その矛盾を生きねばならなかった彼女たちの真実の声は、日本と韓国、どちらの公的な「記憶」にとっても不都合な存在だったのだ。
 「何よりも、『性奴隷』とは、性的酷使以外の経験と記憶を隠蔽(いんぺい)してしまう言葉である。慰安婦たちが総体的な被害者であることは確かでも、そのような側面のみに注目して、『被害者』としての記憶以外を隠蔽するのは、慰安婦の全人格を受け入れないことになる。それは、慰安婦たちから、自らの記憶の〈主人〉になる権利を奪うことでもある。他者が望む記憶だけを持たせれば、それはある意味、従属を強いることになる」
 かつて、自分の身体と心の「主人」であることを許されなかった慰安婦たちは、いまは自分自身の「記憶」の主人であることを拒まれている。その悲哀が、朴の本を深い孤独の色に染めている。
 木村幹の『日韓歴史認識問題とは何か』は、朴が提起した問題への、日本の側からの誠実な応答の一つであるように、思えた〈2〉。
 「日韓歴史共同研究」に参加した著者は、朝鮮半島に関わる研究者たちが巻きこまれざるをえない、歴史認識問題をめぐる争いの中で、疲れ果て、アメリカへ赴いた。そこでの「リハビリのためのトレーニング」として、この本は書かれた。
     *
 木村は考える。
 なぜ、歴史認識をめぐって、不毛とも思える激しい争いが繰り広げられるのか。あるいは、なぜ、かつては問題でなかったことが、突然、問題として浮上するのか。そして、なぜ、その問題は、いまもわたしたちを苦しめるのか。
 それは、「過去」というものが、決して終わったものではなく、その「過去」と向き合う、その時代を生きる「現在」のわたしたちにとっての問題だからだ。
 では、「過去」が「現在」の問題であるなら、わたしたちはどう立ち向かえばいいのか。
 「わたしたちの生は過去の暴力行為の上に築かれた抑圧的な制度によって今もかたちづくられ、それを変えるためにわたしたちが行動を起こさないかぎり、将来もかたちづくられつづける。過去の侵略行為を支えた偏見も現在に生きつづけており、それを排除するために積極的な行動にでないかぎり、現在の世代の心のなかにしっかりと居すわりつづける」(テッサ・モーリス=スズキ〈3〉)
 遥(はる)か昔に、植民地支配と戦争は終わった。だが、それは、ほんとうに、遠い「過去」の話だろうか。違う。戦争を招いた、偏見や頑迷さが、いまもわたしたちの中で生きているのなら、その「過去」もまた生きているのである。
     ◇
 〈1〉朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(今月刊=日本語版)
 〈2〉木村幹『日韓歴史認識問題とは何か』(今年10月刊)
 〈3〉テッサ・モーリス=スズキ『過去は死なない』(文庫版が今年6月刊行。単行本は2004年刊)
     ◇
 たかはし・げんいちろう 1951年生まれ。明治学院大学教授。小説作品に『さよならクリストファー・ロビン』(谷崎潤一郎賞)、『優雅で感傷的な日本野球』(三島由紀夫賞)など。評論集『「あの戦争」から「この戦争」へ』が近日刊行予定。

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上記は、今朝の朝日新聞に掲載された、作家・高橋源一郎氏の「(論壇時評)孤独な本 記憶の主人になるために」の全文である。

わたしは、二人の�狄誉犬硫源姚瓩燭舛�問われて続けた<戦争責任>とは何かという問題意識を持って、あの戦争とは一体何だったのかを、わたしなりにもう一度考えてみたいと思っている。そのようななかで、「朝日新聞の慰安婦問題記事訂正」に端を発した�狡�日新聞バッシング�瓩紡个靴董�強い動揺と怒りを感じた。そのことは繰り返し、このミクシィでも日記にわたしなりの考えを書いた。

その中で繰り返したのは、日本があの戦争に対してあまりにも�牴坦下坩媼鵜瓩�希薄になっていることだ。終戦記念日の日の首相挨拶で�牘ν磴侶街饉腟措圻瓩任△覦打椰源阿郎G�も昨年も�牴坦下圓箸靴討亮婪甅瓩鮓�にしなかった。それは、あの戦争が日本による侵略戦争ではなかったと言いたいのか、あるいはあの戦争はもう遠い過去のことだとでも言おうとしているように思える。そしてそのような�牘ν磴侶街饉腟措圻瓩任△覦打椰源阿梁崚戮蓮∈瀑嘆颪里茲Δ淵悒ぅ肇好圈璽繊Ε妊發砲弔覆�り、�犧瀑�特権�瓩箸いμ兪曚砲茲蠅錣燭靴燭舛亮匆颪廊狄夕鏈絞稔瓩鰺毒Г垢觴匆颪吠冕討靴討靴泙辰燭里澄�その根底には、あの戦争はわたしたちにとってもう遠い過去になってしまったという感覚があるように思えてならないのである。そんななかで、高橋氏の「孤独な本 記憶の主人になるために」というコラムは、わたしにはある衝撃的な意味を持つものであった。

そのコラムのなかで紹介されている、朴裕河著『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版)において、朴氏は「これまで慰安婦たちは経験を淡々と話してきた。しかしそれを聞く者たちは、それぞれ聞きたいことだけを選びとってきた。それは、慰安婦問題を否定してきたひとでも、慰安婦たちを支援してきたひとたちでも、基本的には変わらない。さまざまな状況を語っていた証言の中から、それぞれ持っていた大日本帝国のイメージに合わせて、慰安婦たちの〈記憶〉を取捨選択してきたのである」と書き、その引用を受けて「�犲婪甅瓩垢戮�なのは、帝国日本だけではない、「韓国(および北朝鮮)の中にも慰安婦たちに『謝罪』すべき人たちはいる」のだ。だが、そのことは忘れ去られた。なぜだろうか。植民地に生きる者は、時には本国民よりも熱く、その宗主国に愛と忠誠と協力を誓った。それが仮に真意ではなかったとしても。そして、そのことは、忘れるべき「記憶」だったからだ。/ 「日本人慰安婦」の代替物として戦場に送られた「朝鮮人慰安婦」にとって、日本人兵士は、時に(身体と心を蹂躙(じゅうりん)する)激しく憎むべき存在であり、時に(同じように、戦場で「もの」として扱われる)同志でもありえた。その矛盾を生きねばならなかった彼女たちの真実の声は、日本と韓国、どちらの公的な「記憶」にとっても不都合な存在だったのだ。」と、高橋氏は語る。

この�猗狃�(慰安婦)たちの真実の声は、日本と韓国、どちらの公的な「記憶」にとっても不都合な存在だったのだ�瓩箸いΔ里蓮△泙気靴�歴史の記憶がわたしたちにとってどれほどの�狃轍扠瓩砲覆辰討い襪里�を語っているように思う。だからわたしたちは、あの戦争に対してつねに�猗鏗下圻瓩箸いξ�場に立って戦争を語り、決して�牴坦下圻瓩箸いξ�場に立つことを嫌がるのだ。だから日本国内においても、�牴鰐鄰模鱈甅狢嫉鈎模鱈瓩慮�直し、撤回を主張する政治家や選挙公約にする政党まで現れている。�狷�本国、および日本国民の名誉回復のために�瓩噺世辰董��牴鰐鄰模鱈甅狢嫉鈎模鱈瓩蓮�日本のあの戦争に対する�牴坦下圻瓩箸いξ�場に立って国際社会に向かって、過去の自らの過ちを認め、謝罪した談話であり、その勇気に国際社会は称賛し、またそれらの談話を出せた�狷�本国�瓩箸いα長颪砲錣燭靴燭舛廊犖悗雖瓩鮖�つべきではないだろうか。そのようなことを否定することが果たして祖国に誇りを持つことにつながると考えること自体、わたしには理解することができないのである。

高橋氏は、このコラムを次のような言葉でとじている。

「遥(はる)か昔に、植民地支配と戦争は終わった。だが、それは、ほんとうに、遠い「過去」の話だろうか。違う。戦争を招いた、偏見や頑迷さが、いまもわたしたちの中で生きているのなら、その「過去」もまた生きているのである。」

高橋氏は、朴裕河著『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』という一冊の本を通じて、歴史という�犁�憶の主人公になるためには�瓩錣燭靴燭舛呂匹Δ垢襪戮�なのかということを問い掛けているように思えた。そのような問いかけそのものがわたしにとっては、衝撃的に思えた。それは、どこかでわたし自身があの戦争を�爐呂襪�遠い過去の出来事�瓩世搬�えて、そこにはすでに�狹�事者意識�瓩鬚覆�しているからかもしれない。戦争の記憶において、時として自分たちは�猗鏗下圻瓩世箸いξ�場にたとうする。しかしそのことは本当にあの戦争の当事者になろうとすることなのか、高橋氏の言葉を借りれば、戦争という�犁�憶の主人公�瓩砲覆襪海箸覆里�、そこがと言われているように思えてならないのである。




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