http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=7941736&id=1901682892
↑の続きです。
この日もトイレに起きたのは1回だけで、何とも珍しいキャンプです。普通なら夜中に数回トイレに起きるのですがね。しかも、外気温が0℃近くまで下がってるのにです。
ちなみに、天気はこの日も良いですなぁ。
極一般的な朝飯です。フルーツヨーグルトのデザート付ですが…。

この日は子供の日ということで、餅搗きのイベントがありました。蒸し器の上に大きな木の塊が載ってますね。セット品が壊れたのでしょうか、代わりに高そうな将棋盤くらいの木を使っているようです。相当重そうなので、圧力鍋みたいにもなってそうな感じ。
右の人が管理人です。もう一人女の人が居て、基本的にこの二人で管理されてるようです。
女の人は餅を切り分け、黄な粉を塗したり餡子を載せたり。
うちの嫁はんも一応お手伝い。
出来上がり♪2升搗いたので、全部でこの倍くらいあります。右端に写ってるのは野沢菜で、餅搗きを手伝ってくれた近所の農家の方数人の自家製です。
先ずは主役の子供からということで…家で何も食わせて貰ってないのか、殺到してますね。おいらは餡子が駄目なので黄な粉の方を三つほど頂きましたが、野沢菜の方が美味かったかな。このイベントのせいもあるのですが、チェックアウトが少し遅くなり、その時もまだ残ってたので更に2個追加で食べたのでちょっと腹が膨れ気味だったでしょうか。
チェックアウト後は、去年閉まってて見られなかった飯島陣屋へ。明治初期は伊那県の県庁にもなってました。立派な建物ですが復元です。ただ元の位置に建っており、そこそこ正確な復元のようです。以前経っていた建物は移動されるくらいですから、気合の入れようが違うのかも?建物自体は上手く作ってあり、その頃の雰囲気を醸し出しているのには好感が持てるでしょうか。
http://www.iijima-kankou.org/index.php?ci=10120
書役部屋、今でいう事務所みたいなもんですね。置かれている物は古い物ばかりですが、ここで使われていたものではありません。書類はコピーですが、書かれていることは主に税金関係で実際の記録となります。
お白洲発見!遠山の金さんが桜吹雪を見せる時に使う階段は実際にはないとのこと。上下関係があるので上の者が下に降りたり、下の者が上に上がることはないですので。
嫁はんを拷問にかけてみました。このようにこの施設は壊さない限り置かれている物に自由に触れたり、写真を撮っても構いません。
こちらにもお白洲がありますが、ここは役所の受付のようでした。
一番広い代官部屋です。
今度はおいらがコスプレです w
籠や輿も幾つか置いてあり、偉いさんが乗る籠は内装も凝っていますね。
最後に囲炉裏とかまどのある部屋に案内され、お茶と漬物が出てきます。
天井から吊るされてるのは味噌玉ですね。この冬、ここで作ったとのこと。

この日はこどもの日のイベントで、子供たちを集め五平餅を作ったそうです。この辺りは小判型ではなく、円形のが二つで味噌には山椒と胡桃が入っています。テレビ局の取材の来たらしく、その残りがあったのでご相伴に与ることが出来ました。子供が作ったのもあり少し厚みがあり、時間が経ってるので表面が乾き加減ですが、味噌ダレは美味かったですなぁ。

案内役の男の方の説明も上手く、なかなか面白い見学と相成りました。長野県の名前の由来とか、幕末から明治維新の話も聞けましたし。最後は受付の女の人も含め、かなり長い時間喋ってたでしょうか。この時馬刺しの仕入れ先なんかも聞いて、帰りに調べがてら寄ってみました。そういや、寿司屋も同じ店のことを言ってたっけ。
http://www.meathouse-simodaira.com/
最初の予定ではこのあと松川町の“ごぼとん丼”を昼飯に食うはずでしたが、キャンプ場での餅と陣屋での五平餅でそこそこ腹が膨れているので断念。時間も少し遅くなってたしね。
http://www.harapeko-iida.com/sp/sp20051115.html
土産物を買ったあと肉屋で丸メンチを買い、スーパーでも食料を買い込んで高速に乗りました。帰りも渋滞必至なので間近のSAで買い込んだ食材で早めの晩飯とし、数時間仮眠しました。これが良かったのか帰りは殆ど眠くならず、渋滞も情報よりは短いか終わってました。日付が変わってから京都に着いた後、小腹が空いたということで天一でラーメンを食ったのは余計だったかな?
また来年もこの辺りに1回は行くとしましょう。未遂に終わってるのもあるし、まだまだ知らない場所や名物があるかもしれないので。
ログインしてコメントを確認・投稿する