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2013年02月17日20:15

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歴史の闇を映す鏡

明治維新は「長州藩の下級武士による革命だ」と司馬遼太郎が言い出し、
それを信じている人もいるようだが、
歴史上、日本で「革命」が起きたことは一度もない。

明治維新とは長州藩の積年の怨みによる倒幕運動である。
英国はアジアの国々を次から次へと植民地にしていったが
その方法とは国内を二分させ、どちらか弱い方に肩入れして争いを起こさせる。
そして国は疲弊し、国力が衰退したところで、英国が登場する。
見る見るうちに国は乗っ取られてしまうという算段である。
長州藩は英国の手玉に取られただけで、
革命を起こして、日本を民主化しようとしたわけではない。
幕府は英国の植民地獲得方法を熟知していたので、政権を投げ出し争いを避けたのである。
長州藩の目的は倒幕、政権奪取、そして幕府の財産の強奪にあった。
だからこそ幕府は財産を守ろうとし
長州藩はそれを何としてでも奪い取ろうとしたのだ。
「徳川埋蔵金」が一体何を意味しているのか?
それを知るべきだろう。
長州藩は倒幕、政権奪取には成功したが
幕府の財産を全て強奪することには成功しなかったのである。
実は幕府も、近代化を目指して西洋列強が果たした近代化に着手しようとしていた。
だから幕府が倒れなくても、近代化が進んでいたはずだが、
長州藩が英国をバックにつけたためその野望は夢に終わってしまったのである。

長州藩士は田舎侍であったため江戸文化に冷淡であった。
だから貴重な文化遺産を二束三文で西洋人に売り払ってしまい、
現在、日本には江戸時代を偲ばせる文化遺産が非常に少ない。
幕府が主導して近代化していれば、江戸文化を守っていたに違いない。
今でも日本人が、抵抗なく西洋の模倣をしようとするのも
長州藩が江戸文化を簡単に捨て去り、自分を助けてくれた西洋の猿真似をしたからである。

おそらく埋蔵金伝説は本当の話で、今もどこかに眠っているか
それとも既に誰かにその一部は発掘され奪い取られているか、どちらかだろう。
埋蔵金はとても多かったため、分散されて埋蔵されている可能性が高い。
明治新政府は、その幕府の財産を奪えなかったために財政は苦しく
国民に過酷な税の取立てをし、江戸時代よりも農民は苦しい生活を強いられたのである。
一方で、田舎者の長州藩士は江戸にやって来て、
それまで見たこともない美しい芸者に心を奪われ嫁にもらっているが、
芸者を嫁にもらうには置屋の主人にたんまり礼を弾まなければならない。
そのカネは農民から取り立てた税金だ。
埋蔵金伝説は正しく明治新政府の歴史の闇を映す鏡なのである。





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