私の知人のNは記憶違いが甚だしい。
話した人物と話した内容とが記憶装置の中で乖離したり混同したりする。
私が彼に話したのと同じことを、よく彼は私に話す。
例えば私がヴィザと在留資格との違いについて彼に話したとする。
数週間後彼に会うとこう言う。
「ヴィザと在留資格が違うって知ってた?
ヴィザというのは外務省が発給するもので
在留資格というものは法務省が発給するものだよ」
それは数週間前に私が彼に教えたことである。
彼と初めて会った場所についても彼は記憶違いをしていて
私はその間違いについて彼に正したことがある。
その時は納得するみたいなのだが、
数週間するとまた同じ間違った記憶を披露する。
一度記憶装置に入力されたデータは、それが間違っていても修正出来ないらしい。
実はそういう記憶装置の障害を持つ人をベトナムでたくさん見た。
AはBである、というデータが一旦、記憶装置に入力されると修正が利かない。
「1年間前に日本に行きました」と日本語を学ぶベトナム人が言ったとする。
「1年間前ではなくて1年前ですよ」と教え、その時は納得するらしく
「ああ、そうですか?それは知りませんでした」と言うのだが
数週間するとまた
「1年間前に日本に行きました」と言うのである。
一度入力されたデータを修正することは出来ないようだ。
彼らの特徴は思い込みが激しいことである。
人の話を最後まで聞かず、最初のキーワードから勝手に内容を推察してしまうのだ。
そして一度入力されたデータを修正するのが困難である。
彼らにとって人の話が合理的かどうかは問題ではない。
話し手のことが好きかどうか、それが重要だ。
好きな人の話は無条件に信じ、好きではない人の話は信じない。
それはNについてもいえる。
彼はとても思い込みが激しい。
彼はアメリカの大学で勉強したのだが
その時、アメリカ人の教授にバカにされたことがきっかけで、
大のアメリカ嫌いになってしまった。
それから「世界中で起きる諸問題の元凶はアメリカにあり、全てアメリカの陰謀である」と定義するようになった。
だから彼にとって都合のいい情報しか入力しない。
TV、新聞とは縁がなく全てネットで情報収集する。
入力する情報は常に偏っていて、自分が好きな情報しか頭の中に入れない。
嫌いな情報には拒絶反応を示す。
彼は一見すると全く普通の人なのだが、
よく話してみると、かなり変わった人だということが分かる。
そして彼の友人も変人ばかりだ。
彼は自分のことを常識人だと思っているようで
彼の友人たちについて「奴らはちょっと普通じゃないからねぇ」というのだが
私から見ると彼が一番変わっている。
しかし人間は基本的に記憶を塗り替えるのが好きな生き物だ。
誰でも主観を持っている。
だから、物事を客観的に見ることなど出来はしない。
誰の話が正しいのか?
それはそれぞれの主観で判断するのが自然だ。
主観でしか物事を見ることが出来ないのであれば
記憶装置に入力されるデータも、主観によって変質するのが自然だろう。
主観を出来るだけ排除したければ、
脳の中にもう一人の自分を創り
「このデータは間違っていないか?」と常に問い質す必要がある。
自分を過信すると抽出したデータは常に正しいことになり、
修正する必要がなくなってしまうのである。
Nは自信家で自分は頭が良いと思い込んでいる。
だから他人に対して常に自分が先生役を演じる。
教える立場でなければ満足しなくて、教えられるのをとても嫌う。
「人間の頭は良い」と信じられるとは、本当に信じられない。
そして人間は客観的に物事を見ることが出来ると
信じている人がいるのも、信じられない。
子供のころ勘違いしていた言葉集
https://woman.excite.co.jp/article/lifestyle/rid_Cobs_ly_201211_post_2498/
ログインしてコメントを確認・投稿する