大谷翔平が、試合を休んで出産に立ち会ったということで、ミステリという勿れのセリフで日本とアメリカの違いを言ってのが再注目という話が出てました。
父親が権利を行使できる社会凄い!!と言う感じですが果たしてそうでしょうかね?
例えば権利を行使しようにもできない、無理という状況に陥った場合には権利があっても難しいでしょう。
大谷のように、資産も知名度もあるからできる訳で休む事がトータルでマイナスになる父親は権利を行使できません。
将来を見たら金を稼ぐ方が重要、子育てには金がかかると言う現実では競争社会で生き残る方を模索する父親が出てきても非難はできないのですね。
権利を行使できるが、会社や組織にも権利があって行使できる社会では『相当優秀かつ、希少な存在でなければ権利行使で立場を失う』と言う社会だったりします。
つまり、一会社員が同じ事をしたら出世はおろか結果が出てないと言われて会社が権利を行使して解雇も起こるのですね。
だからキャリアが大事なんて言う社会になります。
では、それが『父親の義務』と言う社会だったらどうか?
義務を果たすためには責任を果たさないといけませんが、労働の権利を行使して結果が出ていれば、会社側が責任を果たすことになります。
ここで重要なのは、権利の部分が労働に置かれてる状況ですね。
日本では、労働することは権利であって何人も侵す事は許されません。
例えば、統一教会の信徒であったとしても、教団のやった問題に対して批判はあれど信徒が問題を起こしてないならば、労働の権利は認められていないとならないのですね。
ですが、統一教会叩きが過熱した時に雇用を切られた人や、せっかく決まった働き先から断られたりと言う事が起こってしまいました。
ここには基本的人権の信教によって差別されない権利や労働の権利が侵害された訳ですね。
マスコミの過熱によって憲法で保証された権利が侵害されましたが、マスコミや過熱して信徒も含めて叩いた人達はこの他者の権利を守る義務を果たさなかったと言う事になります。
で、これは権利と義務の関係や用法の中で労働にも関わってくるなど色々とあります。
労働の権利を行使して労働者になった場合には労働の義務を果たさないとならなくなりますが、会社も雇った事での義務、労働者の権利を守るが発生するなどがあります。
会社は労働者の人権に責任を持つことになりますし、個々が義務を果たせる様に対応する必要が出てきます。
ここで、出産への立ち会いが義務と言われる日本の場合、アメリカでは無かった事が発生するのですね。
父親には父親の権利があり、その権利を行使する自由がありますが同時に家族の権利や自由を保障する義務も出てきます。
出産の立会いは、父親として又は稼ぎ養う側の立場として権利であると同時に義務になる状況ですから、この義務を果たす事ができる状況を労働者の権利と自由と責任に責任を持つ会社は対応しなければなりません。
義務を果たすために1日休む事での不利益が発生しない様にする責任と、権利を守る義務が会社にある以上、そこで不利益が起こらない様にする事で『父親の義務を果たす権利』が行使されて義務を果たせる訳ですね。
つまり、言ってしまえば一般人でも希少な人材と平等の立場になれるという事です。
したがって、義務である以上、それを果たす権利を守られる状況と、権利を行使すると相手が権利を行使して不利益になる状況どちらが優れているか?という議論にならないといけないのですね。
当然、日本の会社や組織がそれを守るとは思えなという意見も出てきますが、それをすると会社や組織にペナルティが来る仕組みもあると言う状態です。
個人が動きやすい様に法的にもインフラ的にも整っている状態ですからね。
当然、アメリカには訴訟を起こして戦う権利とそれをサポートする義務が行政にあったりしますからやはりどちらが優れてると言う判断はできません。
権利には責任も伴う以上、不利益に対して戦っても負けることがありますし、資本体力で負けることもあります。
この辺はエリン・ブロコビッチ見てみるとわかりやすいかも?
ミステリという勿れは主人公が勝つ(?)流れを維持しないといけないので出てくるのは弁の立たない古い地球人ですが現状では現実の法体制や支援システム、行政の理解や各種制度などによってどちらが正しいと言う事は言えないと言う状況ではあるのですね。
ポリコレアフロなんて言われちゃあいますが、漫画の方はちょっと読むと相対する人物や周囲の無理解に対して別意見を述べるただの議論屋、見ようによっては常識的なひろゆきと言うキャラで話が成り立っていますから、ドラマでこう言ってたを鵜呑みにすると現実で痛い目に遭いますよ?と言う感じでしょうか?
多分、久能整も鵜呑みで賞賛されたら反論を言い出すでしょうねw
あれはややこしい人物設定ですからw
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