■氏名変更、高裁も認めず=旧統一教会が命名、「苦痛」訴え―東京
(時事通信社 - 04月28日 18:01)
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苗字が一般的であり、かつ名前も命名に普通に使われる字と言う事であるならば教団との関連性は確かに感じられないし、同様の姓や名を持つ人に対しての偏見を生む可能性もあるのであれば、却下もまああるであろうし、1人の人間として尊重される名前か否かで争うならば、一般的な名前で同様の姓や名前或いは同姓同名の人への偏見という形が現れるかもしれないと考えたら裁判所の判断はまあ正しい。
例えば、姓が佐藤で名が一郎だったら同姓同名の人はいるがそれが人間として尊重されていない名前と言うイメージを喧伝するかの様な事態に陥らないとは、反統一教会サイドのリーダー格の人物や弁護士を見ていると絶対に無いとは言い切れないのだよなあ、と言う印象も強いからね。
実際、統一教会に問題があるとしても一般信者は言ってしまえばカルトに踊らされた被害者としてみないといけないのに、某弁護士も某ジャーナリストも多くメディアに出る反統一教会のお歴々は信者も含めて悪の集団、悪意に染まった集団かの様に言い、実際に生活に支障をきたす、職を失うなどの事例もあったし、信者が悪の道を信じてる訳ではなく教義としての世界平和や友愛、人類の調和と言う教義を信じてる純粋な使徒として扱わない事での結束と言うのもある訳だからね。
それに加えて、統一教会が嫌と言う感情論で個人として尊重されない名前を、一般的であるのに言い募る様だったらそれは通らないであろうな、と思うんだよなあ。
どの様な氏名かは知らないし、例えば文鮮明から文字をいただきました!「文明」君です!!とかで当時から苦痛だったとしても文明なんて普通だし、明であっても文雄であっても統一教会と無関係に名前としても文字が使われているのに、教会による名付け!!個人の尊重がない!って言う事だとやっぱり邪推は広まると考えたら、改名の理由をちゃんと考えなかった弁護士と当事者の落ち度と言うのは出てくると思うのだよなあ。
これが会見でも「教団との関係を断ち切り、信者を辞めない家族との距離を取るために必要」と言うのが主体で出てきたらまた結果は違ったと思うのだけれどねえ。
実際、DQNネームを改名しました!と言う人の事例と違って普通の名前の改名にはやっぱり苦労するそうだし、DVやネグレクトや虐待からの脱出などで改名するにも他の同名の人が後で言われなき偏見に晒されない様に気をつける事で通るとかあるものねえ。
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