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2025年04月05日23:43

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さよなら先生

今日は葬式だった。
ソウルで剣道をやっていたときの先生が亡くなった。
享年51才、若い。訃報が知らされたときは驚きだった。
告別式は昭島市。転勤が多かったが最後ココで落ち着くようだった。

死因は脳出血。
朝4時の目覚ましに起きない先生を奥さんが不審に思い見に行ったところ、
体が自由に動かない様子、特に右半身が動かない様子だった。
危機を察知した奥さんは息子に救急車を呼ばせ救急車に同乗し病院に向かった。
救急車の中ではグーグーいびきをかき始め、嘔吐も発生。
奥さんはこの時点で脳出血であると確信したそうだった。
病院に着き医師の診断では既に脳幹に深刻なダメージを受けており
ここから治療を開始しても寝たきりになるし意識が戻るかも怪しいと診断された。
どこかで医者は治療しないのを勧める雰囲気を醸し出していたそうだ。

生前より、いわゆる植物になるのなら延命処理はしないで欲しい。
という会話はされていたのことで、家族で延命処理をしない方針にしたらしい。
事前に話はされていたとは言え実践するのは難しそうに思えるが実践した。
気丈な奥さんと家族だ。故人の潔い性格が表れているし家族もそれを汲んでいる。
娘さんは社会人で出家しているが、早急な呼び出しで戻れたそうだ。
息子はこの春から高校生だ。息子も大変だろうが故人も無念であろう。

ソウルでの剣道サークルは故人にとっても特別だったと思われる。
式場には防具があったし出棺の際には大学時代のアイスホッケー部と
我が剣道サークルが呼ばれた。
亡くなったのは4/3(木)だったが、その夜には俺にも情報が伝播された。
迅速な連携は当時の連帯感の賜物ともいえるだろう。
喪主曰く故人の性格を考慮してこじんまりとやるつもりだったようだが、
情報が伝播された結果、我が剣道サークルはかなり集まった。

久々に見る面々で嬉しい部分もあるのが、こんな形での再開が残念でならない。
故人は8年にわたり指導者を務めた功労者。
俺が帰国後は故人以外の指導者が次々帰国したことは認知しており、
一人残された故人は相当大変だったハズと考えていた。
聞くと確かに一人でキリモミしていた時期もあったらしいが、
その後追加で指導者に入ってもらい剣道サークルを続けたそう。
そして、その意思を継いだ人が今もいて剣道サークルは今でも続いているらしい。
正直、故人が帰国した時点で剣道サークルは終わったと思ってた。
嬉しい想定外だった。
なんとその現役でソウルで指導している人も来ていて話も聞け嬉しかった。
他にも当時小学生だった子も来ていた。
皆大学生で立派、当時の面影がほとんどない。
旧帝大学や有名私立大学に通っている。
ウチの娘が霞んで見える。

最後に家族と棺を見送り、我々は岐路へ。
最後に軽く食事をしながらかつてのメンバーと談話。
ソウルにいた頃は稽古後、毎回やっていたのだが、超久々。
気の知れた中だと楽しい。ただなーキッカケがなー、、、。
ただ、これを契機に交流が復活しそうな雰囲気だった。
帰国しても剣道を続けている人も多い。

正直、生きていればまた会えると思っていた。
甘かった。無念である。


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