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2024年10月06日00:40

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「バッタモン」とバラされても、料理界の“重鎮的存在”だった。

料理評論家の服部幸應さん死去、78歳 理事長務める専門学校で倒れる「料理の鉄人」などで人気
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8046547
料理評論家で服部栄養専門学校の校長兼理事長(学校法人服部学園)で、料理評論家として広く活躍した服部幸應、亡くなる、ですか。記事では、「捜査関係者によると、4日に理事長も務める同専門学校で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認された。病死とみられる。」としていて、死因の報道はまだのようですが、校内での職務中での突然死のような状況だったようです。
昭和20年、東京都の出身で、日本初の栄養士・調理師の専門学校「服部学園」の創立者である服部道政を父に持ち、立教大学を卒業後に昭和大学医学部の博士課程で学位を取得、服部学園の理事長、東京の代々木にある服部栄養専門学校の校長(各第3代)としてその運営に携わる傍ら、「料理の鉄人」や「人志松本の○○な話」、「愛のエプロン」、「TVチャンピオン」など数多くの番組に出演、「食育のすすめ」など著書も多く、「食育」文化の普及を進め、食育基本法制定にも尽力し内閣府の食育推進会議委員や全国調理師養成施設協会会長など役職も多数歴任、令和2年に旭日小綬章を受章と、日本の料理界にあって“重鎮的存在”でした。
しかし、当初「1561年(永禄4年)に発祥し、1885年(明治17年)に日本に初めてカレーを紹介した『服部流割烹』17代目家元の孫」と自称していたその出自が週刊誌などで虚偽であると報じられ、本人も自身に服部家との血縁関係はなく、本名が染谷幸彦と言い、父親である服部道政も本名が染谷栄で、「服部幸應」の名も芸名のようなものであることを認めるに至ったこと、更には、これに先立ち調理師、専門調理師・調理技能士、ふぐ調理師、製菓衛生師、栄養士免許など、料理に関連する資格や免許を一切所持していないことが報じられたことで、実質的に「バッタモン」であることが明白になると、これで料理界から、また、マスメディアから追放されても致し方ないのではと感じたものでした。
しかし、そういう事態があってもその活動にさほどの影響はなかったようで、大学での教鞭や役職も多く務め、そのステイタスに大きな影響を与える要素にはならず、それだけの“卓越した識見”とやらがあったのでしょうね。
享年78。合掌。
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