■信長の新たな書状発見=幕府滅亡の前年、将軍側近宛て―熊本大など
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1572年1月は、まだ義昭と三好三人衆がバチバチやってる最中のはずで、そんな中で義昭の奉公人が揃って信長と断交していたというのであれば、それはずいぶんとスゴい話だなと。多少のギクシャクはあったとしても、その時点での義昭の最大与党は信長のはずだろうと。
これが1573年1月というのであれば、有名な17条の意見書を出した後だし、信玄が三方ヶ原で勝って「信長ももはやこれまで」みたいな空気が流れていた時期なので、反信長の奉公人がウッキウキで断交するのも分かるのだけれども、書状の日付である8月15日だと すでに義昭が追放されているはずなので内容が合わない。やっぱり72年のことなのかなと。
まぁ「日付を後から適当に書いた」とかも考えるけれど、さすがにそこは筆跡で分かるよなと。
なんというか、スゴいな幕府奉公人衆。
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