■マスク緩和、歓迎と不安=「外すの恥ずかしい」の声も
(時事通信社 - 02月11日 07:30)
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岸田首相が、卒業式でのマスク不要を宣言したものの、合唱の場ではマスク着用を指示。
これこそ滑稽千万、ご都合主義の現れではないか。
かねてから私は、マスクをしたままで歌を歌うことは、歌に対する冒涜だと、過去の日記で主張した。しかも卒業式で歌われるのは君が代(国歌)、校歌、卒業の歌(仰げば尊し、とか蛍の光、とか旅立ちの日に、とか)である。
即ち、国に、学校に、卒業生に、敬意を表するための歌である。そのような歌をマスクをした状態で歌うと言うことは、それこそ歌ばかりでなく、敬意を表する相手に対する冒涜だとはいえまいか。
せめて式に会する一同が、マスクという無粋なものがなされない状態で、国歌・校歌などを歌う事ができることを切に願いたい。
学校という社会において、子供たちは大人の都合でマスク生活を強制されてきた。私の妹の息子が通う小学校で、運動会の時、準備体操や競技が終わるたび毎に「はい!皆さんマスクをして下さい!」と放送されてたという。もうこういった事から子供たちを解放してあげようよ。ただ、脱マスクを歓迎する子がいる一方で、自発的にマスクをして感染予防する子、親の言いつけでマスクをせざるを得ない子もいる。そこは自由、不干渉が原則ではないか。
今後、各店舗や施設、鉄道会社やバス会社においてのマスクの扱いが気になるところである。店舗や施設、乗り物の中でマスクが必要となれば、つけっぱなしでいいよねと言うことになり、日本国民は今後もマスクを外せないままになってしまうだろう。特に専門家はマスク緩和に反対の立場だし、対策が必要な人に寄せて結局マスクはし続けろ、ということになりかねない。マスクを取りたくない人や子供におもねってみんながマスクを取らない、ということでは問題の先送りでしかない。もう失敗は許されないのだ。
「個人の自由」は同調圧力を生むものであってはならない。ある程度の「マスク外せ圧力」がないとマスクを取る人は増えない、と私は見る。無理強いはいけないけど、マスクをしたまま歌を歌うなんておかしいんじゃないか、という声が増えてゆくような感じでマスクに対する扱いを2019年末までの状況に戻してゆくことを目標にするべきなんじゃないのか?
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