mixiユーザー(id:512618)

2023年02月05日12:08

48 view

多様性てのをちょっと考える

今回岸田総理の秘書官が“オフレコ”で自分の本音を話した事を離された相手の『毎日新聞記者』が公にしてまた騒動になっておるようですが(一般には関係ないようなw)、実際のところLGBT+にしろ同性婚(同性愛)にしろ、それを気持ち悪く思う人の方が現在では多数です。

それを古い価値観とか言うのは非常に安易で楽なことなのでそうやって批判しますが、なんでそういう話しになったのかってなると毎日新聞記者も同意する様な事をいったのではないか?なんて疑ったりします。
人は、同意する意見がでた時に同じことをいいますからね。

さてさて、同性婚やLGBT+等に関して言うと、第二次世界大戦後つまり日本が敗戦してGHQの占領下まで遡る事が必要になるかもしれません。
日本は敗戦し、欧米のもつ正しい価値観やモラルを教えてもらうなんていう感じで動いた教育界隈では昭和30年から40年代までの間『男は男らしく、女はおんらしく』と言う教育がされているのはあります。
事実じゃないと思う人は歴史の本を調べるとでてると思います(教科書にはでてないw)。

この男は男らしく女は女らしくなんてのはまるで戦前日本の教育の様だと思う現代リベラルの方や最新ポリコレの方は思うかもしれませんが、実は欧米こそこの思想が強いのがあったりしました。
何しろ、男尊女卑の強さでは日本は遠く及びません。
アメリカやフランス、英国の一部等では女性に権利を与えることに対して消極的で奴隷寄りましな状態が19世紀まで続いていてウーマンリブ運動等の先駆けはイギリスで起こったなんて話しもあります。

日本はいわゆる文明開化前後の時期に英米の貴婦人方が日本に来て女性の1人旅ができる、とか女性が夜歩いていても(欧米列強より)安全と言う事にかなり驚いたようですね。
これはアジア全域で感じてたなんて話しもあるようです。

また、日本では女性が一家を担う事つまり大黒柱になることも珍しくはなく、女当主や女商人がいる事にも驚いたとかなんだとか。
これは江戸時代には飯屋の女将や、髪結の女房が一番儲かるなどの件にも由来するとかあるとかなんとか。

少なくとも、女性が単体で商売をできるような環境にはない欧米の貴婦人方は結構な驚きをもった他に、男色が許されてる事には嫌悪を持ったなんて話もあります。
男色、すなわち同性愛は聖書にて禁忌とされる訳ですからソドムとゴモラの街を考えても男女問わず識字率が高く、また女性の権利が欧米に比べ大きい事があるのに、この国は??となったとかなんとか。

明治維新後、外国との信頼を構築するために同性愛等をよしとしないなんてのはありましたが、そうそう厳しいモノではなかったので大正時代の退廃文学だの、耽美派などで生き延びているのですよね。
同性愛を芸術家の嗜みみたいにしていたのもある意味じゃあ日本だけと言われるのですね。

フランスではフランソワーズ・サガンが同性愛の小説を書いて戦後日本でも有名になっておりますけれど、実際のところ敗戦までの間には若く見た目麗しい少年を侍らすなんてのは割と多かった日本にしてみれば相性が良かったなんて事はあるでしょう。

さて、その様な蛮族の国日本を教化するためにキリスト教価値観やモラルを教えると言う事になったGHQですけれどホモやレズ、またいわゆる少年・少女を愛でる様な趣味を悪として教育する事をしたそうで?
ただ、元々『愛でる文化』の日本ですから、簡単に消える事はなく昭和50年代〜60年代(すぐおわりましたがw)にはジュネやアランなんて雑誌もあったしヤオイだのなんだのでの同性の愛なんてのが根付いているし、BLとして進化した訳ですね。

で、ここからが面白いw
80年代終わりから90年代にかけてヤオイ排斥を謳うマニアやファンやオタクの集団とされるのが入れ替わり立ち代わりアニメ誌等に投稿してきてたりしますし、一般の女性向け雑誌でもヤオイ等のホモセクシャルなモノ、また男性向けの百合すなわちレズビアン的な恋愛創作(二次創作含む)を攻撃してくる界隈は増えた訳です。
おそらく、いま多様性だのLGBTだの言っている知識人の方々だってその頃の発言を掘れば、そういった同性愛的なものへの批判や排除を言っているのはあるのですよねえ。
某タワマンの東大教授なんてねえ?

そういう意味では日本のLGBTだ同性愛だ同性婚だのを認めろとか認めないなんて言うのはオタクカルチャーやサブカルチャー界隈では全く関係の無い話で知識人のその場その場のファッションにしか過ぎない事でしたし、今だってオタク叩きをしてますけれど、その発言って過去に知識人界隈が言ってましたよね?てなことになります。

そういう事をなかったことにしてオタクあるいは表現の自由界隈はリベラルを裏切ったとか右翼に寝返ったとかいいますがそもそもオタク界隈はどちらの味方でも無くそれこそ石の下のダンゴムシの様に趣味人が集まってわちゃわちゃしてただけなんですね。
それをほじくり返したのがリベラルだったり左翼だったりしますし、それで攻撃してきたのもリベラルだったり左翼だったりしました。
ホモネタやユリネタ、ロリネタ等も勝手に穿り出して叩くと言う学校のいじめムーブを繰り返していたらそりゃ嫌うのは当たり前なんですよね。

アグネス・チャンと小泉純一郎のラインで、表現規制や漫画叩きが始まった頃に関しても政局に利用したものの、政治運動には参加しないオタク・サブカル界隈に関して勝手に憎悪を募らせて、叩き出したのもある、と言う事なのですね。

もちろん、味方してくれた政治家や政党に投票するのはオタクは妙なところで義理堅いのでやっていましたが、攻撃に転じられてしまってはどうにもなりゃしません。
オタク界隈は、結局右派つまり自民党の表現規制反対派を頼る事になった訳ですが、面白い事にここでも多様性ってのを考える事になります。

自民党は表現を規制した古参右派と、表現の多様性を守る新規右派なんて感じになっていましたし、オタク界隈も守ってくれるなら票を入れる界隈と信用できない自民に入れない界隈で二部しますがこの状況ではまだ対立はないのですね。

ただリベラル界隈、左翼界隈は自分らの所業を忘れて、オタクやサブカル界隈を叩いた訳ですよ。
本来、政治運動をするしないと言う個々の判断を無視して守ったんだから政治運動しろと言う姿勢での強要や業界への圧力等があって、元々左翼系の作家やファン以外はその押し付けがましさや、ファン個々それぞれのスタンスを無視した単一性に嫌気がさした訳です。

もちろん、リベラルや左翼の界隈に言わせれば大事な事をないがしろにするオタクは愚民ってなるんでしょうが、皆生活や趣味、大事な事や人やモノがあるわけで、それを維持して行くコトも必要なのですね。
なにしろ食わないといけないし、リベラルの言い分が行き過ぎると自分の収入がやばいなんて言う危機感だってあったわけです。

なのに画一的に行動をしろという左翼・リベラル界隈の多様性無視の状態は結局はオタクを切り捨ててオタク含むサブカル界隈を自民党が取り込む手助けをしたにすぎない、ってなります。
転じて自民党はっていうと表現特に漫画だとかアニメだとかゲームに良い印象をもたない議員がいるにも関わらず党内を説得してくれる議員や声を届けてくれる地方議員等が居たコトから、色々意見はあるがこちらの意見も聞いてくれる、多様な要望に耳を傾けてくれると言う印象を得て、支持されていくのですね。

つまり、多様な状況にどう対応するか、って事を見ても多様性を謳う側に多様性が無いと言う過去の実績の積み重ねがあるからこそ、今支持されない状態と言う理解がないですし、規制だなんだと他を悪役にすることでしか対処できてないってあります。
憎悪と嫌悪を煽る所に参加する程オタクだってバカじゃないし、多様性をちゃんと求める人からしたら自分たちの認めた部分しか認めない多様性は、真の多様性の尊重ではないとなるから、なおのこと人は離れていくわけですね。

今回の発言でも【自分だって嫌いだ】と言う発言は、相手との同意の上の発言と見ても良いでしょうし、その発言をするがそれを政策として実行する事とは別と言うある意味では多様性の尊重とも言えます。
LGBT+や同性婚等は多様性の尊重と言う事で認める事を社会的によしとしますが、かと言ってソレに対して本能的に嫌う、生理的に受け付けないって言う人も存在します。
その受け付ける事ができない人もそういう人もいるよね、と認めてこそ多様性の尊重である筈なのに、メディアや野党またLGBT+を応援・支援するとする人達はそれを悪と断じるかのような姿勢は、反発だけを招き少数のそれを認める事で自分の権利が侵されると言う意識をもつだけの事かな、と思うと同時に、過去の日本にあった多様性が混在するある意味いい加減な時代があったこととそれを潰そうとして躍起になった西欧被れの方々の問題を考える時がきましたよ、と言うふうに感じている次第です。
1 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年02月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    

最近の日記

もっと見る