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2021年02月19日18:50

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高山岩男著『世界史の哲学』における歴史哲学的思索の意義 その一

高山岩男著『世界史の哲学』における歴史哲学的思索の意義

序
1942年、高山岩男が世に問うた『世界史の哲学』の序文において「昨年十二月八日、対米英宣戦と共に疾風迅雷の如く開始せられた大東亜戦争によって、旧き近代の世界秩序を打破し、新たな世界秩序を建設しようとする精神は、愈々本格的な姿を現し、これは今日の世界史の趨勢にも動かすべからざる決定的方向を与えるに至った。世界史の転換がいわれるのは、今日の世界大戦がもつこの性格を捉えていわれるのでなければならない。」と語っている。
高山は、日中戦争から太平洋戦争へ至る経緯、あるいは第一次世界大戦後のヨーロッパ世界の有り様から第二次世界大戦へ至る経緯を世界史の大転換点として捉え、それらの歴史的事件のもつ世界史的意義を明かとする必要を説くのである。
では、高山が『世界史の哲学』と語る新しい歴史哲学において歴史とはどのように思索され、また〈世界史的世界〉はいかにあるべきと考えられるのであろうか。
本拙文では、〈世界史的世界〉の理念的構造を確認するとともに、その上で世界史的世界における現代の世界観あるいは国家観はいかにあるべきかと論じ、さらにそのような世界観あるいは国家観構成するとともに建設していく主体である人間実存についても検討を加え、高山岩男の『世界史の哲学』がもつ今日的意義について考察したいと思うのである。

第一章 歴史哲学の課題とは何か
 高山は『世界史の哲学』を次のように書き出す。「現今、東西両洋を包んで行われている世界史上の大動揺、或は世界史の大転換は、<世界史>たるものの理念に就いて深刻な反省を要求し、ひいて歴史哲学の根本観念にも新たな考察を加えることを要求していると思う。」
高山は、世界史上の大動揺、或は世界史の大転換がこれまでの世界史という概念、あるいは歴史哲学の根本観念に深刻な反省と新しい考察を求めているとする。では、何故世界史上の大動揺、或は世界史の大転換はこれまでの世界史という概念や歴史哲学の根本観念にこのような要求を突きつけると考えるのであろうか。
ここにおいてはまず、高山は�狎こ�史上の大動揺、或は世界史の大転換�瓩箸論こ�史の見地からどのような意義をもつと考えるのかということを確認し、次にその世界史的意義を改名すべき歴史哲学、<世界史の哲学>の理念的構造を考察していきたいと思う。
高山は、�犖什�の世界史上の大動揺、世界史の大転換�瓩�もたらしたものについて次のように考える。「私はそれを、ヨーロッパ世界に対して非ヨーロッパ世界が独立しようとする趨勢或は事実であると考えるのである。」
それまでは、<世界>とはヨーロッパ世界のことであると考えられてきたのが、実はそれは単にヨーロッパにおける近代的世界に過ぎなかったこと、しかもその近代ヨーロッパの秩序や構造は既に内部崩壊をはじめており、このことは同時に、これまではヨーロッパ世界の圏内にとどまってきた非ヨーロッパ世界がそのヨーロッパ圏内から抜け出て、ヨーロッパ世界と対等な位地を占めるに至ったということを指摘している。つまり高山はヨーロッパ中心の近代的世界の終焉を意味すると考えるのである。と同時に、近代的世界の終焉は現代的世界のはじまりを意味している。「このことは、非ヨーロッパ世界がヨーロッパ世界が漸次対等の存在性を要求し来たったことを意味し、従ってここに、近代的世界に異なった秩序と構造とをもつ現代的世界が、或は真実の意味に於ける<世界史的世界>が、初めて成立の端緒についたことを意味するものに外ならない。」と高山が語るのは、今まさに現代的世界がいかなる世界であるのかということを物語っている。
そして現代的世界のはじまりに至って、「私は世界史始まって以来、現代に至って初めて、真に<世界>の名に値する世界が出現し、<世界史>の名に値する世界史が開始せられたと考える。従って、歴史哲学にもこの認識の上から、新たに考え直さるべきものが多々存するのではないか」と考えるのである。つまり�犖什�の世界史上の大動揺、或は世界史の大転換�瓩�もつ世界史的意義とは、近代世界史から現代世界史への転換であり、<世界史的世界>の出現をもたらしたと考えるからである。
高山は歴史哲学の根本問題について次のように語り始める。「歴史哲学の根本問題は、このような事実に対する認識の優位という根本前提や、歴史性即時間性とする根本前提を─殆ど自明の如く思惟せられて、批判せられることさえ少なきこれらの無意識的前提をば、徹底的に批判し、新たに<世界史>の基礎理念を確立するところに存すべきでないかと思う。歴史哲学の根本問題は世界史の基礎理念の確立にある、歴史哲学は世界史の哲学でなければならぬ─これが私の歴史哲学に対して抱く根本観念であり、またこれが現代の歴史的情勢そのものの新たに要求するところであると信ずるのである。」
まず、高山は従来の歴史哲学における根本問題を、�猯鮖棒�即時間性�瓩箸いμ吉稟重�前提にあるとする。従来は歴史性を時間性として考えられてきた。しかし歴史は単に時間においてのみ成立してくるもではなく、歴史が成立してくるためには、地域性や地理性といった空間性が必要となる。政治や文化、経済や宗教の形成に歴史的空間性は必須の契機なのである。たしかに近代史学においても空間性が問題とされたが、それはどこまでも偶然的なものとして考えられたに過ぎず、正当な考察はされて来なかったのである。世界史は歴史性における時間性と空間性の両契機の統合という構造をもつのである。しかしながら近代史学が歴史性における空間性という契機を取り入れたとしても未だ世界史には到達しないと、高山は考える。高山は従来の歴史哲学には、世界一元論という無批判的前提が残されているからであることを指摘する。
近代史学においてはヨーロッパ世界を中心として構想されていた。そして歴史は段階的によりヨーロッパ的世界へと発展していくのだと無自覚的に前提とされていたのである。近代史学における世界一元論とはキリスト教世界観を基盤とし、あるいは近代以降のヨーロッパ世界の非ヨーロッパ世界への拡大はあたかもヨーロッパ世界以外には世界が存在しないかのように思われたのである。しかし非ヨーロッパ世界にはヨーロッパ世界とは異なる世界と世界史が存在しており、それらがある時期には何らかの形でヨーロッパ世界と交渉をもち、関連をもったのである。もちろん近代史学においても�狎こβ晋杵性瓩箸い�考え方はあったが、その世界多元論で言われる�狢晋杵性瓩箸呂匹海泙任皚牋豸杵性瓩紡个垢襪發里任△辰董�地理性あるいは時代性において成立してくる個々なる世界史の個性を尊重するものではなかった。しかしながらヨーロッパ世界とは異なる世界として存在する非ヨーロッパ世界にはそれだけで自己完結する個性をもった世界史が存在したのであり、それらの自己完結した個性的な世界はまたそれらをヨーロッパ世界とともに世界史において成立するのである。
高山は、現代史学である世界史的世界を歴史哲学において思索するためには、�狷端貪�世界史�瓩鉢猊疂彭�世界史�瓩箸龍菠未�必要であるとする。「一は民族と民族との関連により構成せられる世界の世界史である。我々はこれを特殊的世界史と称することができるであろう。もう一つは特殊的な世界と世界とを構成員とする世界の世界史である。我々はこれを普遍的世界史と称することができるであろう。この二つの世界史はともに世界史として同様の構造を有し、また離れ離れのものでなく密接に関連している。併し両者は決して一つではない従来の世界史は特殊的世界史であった。普遍的世界史は最初に述べた如く、ヨーロッパ世界の拡張を媒介として、現在成立しつつあるのである。」
高山は、�狷端貪�世界史�瓩箸いΤ鞠阿鯑各�することにより、近代史学において<世界史>として考えられてきたヨーロッパ世界もまた単なる特殊的世界史の一つであるに過ぎないとする。むしろこのような特殊的世界史が成立している場所である普遍的世界史の自覚こそが現代世界史であり、<世界史の理念>であるとするのである。「世界史の理念はこのように、特殊的世界史と普遍的世界史との関連を内実する。文化循環説は世界の多元性を考えながら、その生物的見解の結果、遂にこのような世界史の理念に到達し得なかった。殊にその法則的見解は、歴史的見解の唯一的・一回的個性を否定する結果に陥って、個性的な歴史的世界相互の連関に基づく世界史の理念の否認に帰着せざるを得ないのである。世界は凡て現実に於ける絶対の普遍者である。それは一面歴史的相対性を有しながら、多面常に完結的絶対性を有している。この意味で世界史は、特殊的世界史も普遍的世界史も、常に完成と未完成との、絶対性と相対性との結合である。」
高山は、�猊疂彭�世界史はヨーロッパ世界の拡張を媒介として、現在成立しつつあるのである。�瓩判劼戮襦I疂彭�世界史の自覚こそが現代史学の使命であると考える。そしてその使命は、すでに近代史学に内在している課題だったのである。その課題に対する回答としての<試論>が『世界史の哲学』なのである。歴史哲学は歴史そのものの本質に対する哲学的思索なのである。歴史哲学的に思索するものは、深く自らが生きる時代が孕む歴史的課題を担うものでならければならない。近代は、それ以前の時代の解答として出現してきたものであると同時に次の時代への課題を孕んでいる。そして高山は<世界史の理念>において自らが生きる時代が孕む歴史的課題に対する解答を試論して見せるのである。
では、高山は�犖什�の世界史上の大動揺、或は世界史の大転換�瓩�もたらした<世界史的世界>の理念はどのように<世界史的世界>である現代的世界を切り開いていくのであろうか。このような観点より、高山が試論する、現代的世界における�爐△襪戮�国家観�瓩鮃融,靴討い�たい。

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