しっかし、PCR検査スルナ教徒っていったい何なんだろう?
ネトウヨは解る、ウヨは「権力追従」+「人命軽視」だから、最初政府がやったPCR抑制法(五輪開いたいがために感染者数ごまかすための)に乗っかりたいことと、円差拡大を訴えているのがリベラル側に多いから、その逆張りって事だけ、だから。
しかし、日ごろリベラルで当然ながら政権にも批判的で、頭もよく論理的な思考も出来る筈の人で、スルナ教徒になってしまい、確証も無い「免疫説」や「弱体化説」だけを拾って、しかもちょっと読めばほころびがあちこちに見える説を「科学的」とか言って、自分の感情を正当化しちゃう。
いや、誰っていうと個人攻撃になるから言わないけど、いるんですよ、こういう人(当事者には解るかな、ま、解っても解らなくてもどっちでも良いけど)
でさ、コロナは病気だから、自分じゃどうしようもできない。魔法使いじゃないから、呪文唱えればウイルス消えるなんて不可能だから、せめて「弱体化」「免疫」って説に縋って、少しでも気持ち落ち着けたいってなら、まあ解るのよ。
でもさ、じゃ、本当に落ち着けるのは、感染が減ること、完全ゼロは無理でも、新規感染者が出ないようにすること、じゃね?
でも、それは支持しない。
検査増やして、感染者隔離すれば、感染減るってシンプルに感染症の基本なのに、なんだかんだ言い訳にもならない屁理屈つけて、スルナ教から脱会しようとしない。
で
「コロナは殆どの人は軽症で済みます、日々明るく過ごせば免疫力もアップします」
って、必要以上にポジティブになりたがる。
これってさ、一種の「コロナ鬱」とかの変型ヴァージョンじゃないかと。
「死者が少ない」とか「ウィルスは弱体化する性質がある」とか、「だから大丈夫、明るく生きましょう」って、結局、これって「コロナは風邪!」と同じこと言ってるんだよ。
で、検査スルナ〜って。
思うにさ、こういう思考って「コロナ禍から目をそらしたいだけ」なんだよね。
でも、見ないふりしてもウィルスは無くならない、んな事、ちと考えればわかる。ましてや、普段は頭の良い人なら余計になのに、どうして、そこまで理屈に合わないこと、繰り返すか?
普通の状態じゃないから、なんじゃないかと。
今更、なんだけど。「自粛で鬱になる、人とのつながりが減って心の病が」とか言っていた和田秀樹先生っていう心理学者さんがいたじゃない。
でさ、統計的にはむしろ自殺が減ったり、準備不足で不具合が多い筈のテレワークなのに7割が肯定したりして、あの先生のいう事ピンとこなかったんだけど、今のような自粛生活とかソーシャルディスタンスって、「外向型」の人には、思った以上にきついのかもなと今更思う。
人間には、部屋で一人過ごすことでエネルギーを充電する「内向型」と、外に出かけて人と会って話すことで充電する「外向型」があるようだけど、外向型の人は、今のような「新しい生活様式」だと、充電が大いに不足しそうだよね。
で、」「新しい生活様式」が続くかぎり、エネルギー不足って思うと、現実見るの辛くなるし、じゃ、変えようと思っても、そのエネルギーがなかなか出ないから、「願望型」になってしまうのかもしれない。
楽観論に縋ってスルナ教徒になるのって、つまり、早く前に戻りたい、って思いが強まってるんかもしれないなあ、なんぞと思う。
ってことで、その人とはしばらく距離を置きます。
いつか、本当に元気になって(無理やり元気!を自分に鼓舞するんじゃなくね)話せるようになったら良いけど、その時がこなければそれまでです。
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