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2020年05月10日14:04

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あぁ〜、昭和の懐かしい Coupe たち その2

前回の続き。
 
それは “BLUEBIRD” vs “CORONA” の「BC 戦争」よりもひとつ上級の対決だった “LAUREL” vs “CORONA Mark�供� で存在した、あの頃の Coupe Model たち。
…の続きからである。
その “CORONA Mark�供� の3代目から姉妹車が加わったのも忘れてはいけない。
 

フォト

それが、これだ。
写真はみんカラ「みみ助」さんから拝借したもの。
TOYOTA “CHASER” の初代で、型式は前述の “Mark�供� と同じの “X30/X40” 系。
“Mark�供� より若い User を対象にした “CHASER” は、“LAUREL” ではなく “SKYLINE” の対抗馬として登場したらしい。
この Coupe Model の主だったそれは下記のとおりである。
 販売期間:’77年06月〜’80年10月
 名称:Hard Top
 Image Character:草刈正雄
 設定 Engine 排気量:2,000cc, 1,800cc
 搭載 Engine:M-EU, M-U, 18R-U, 13T-U など
 “CHASER” としては最初で最後の 2 Door Model
 歴代 “CHASER” で唯一 DOHC Engine 搭載車の設定無し
 ’80年10月 4代目 X60 系を販売開始で終了
 
“Mark�供� と違って 2,600cc Engine 搭載車を設定せず、価格も維持費も安価な 2,000cc Engine 搭載車を Top Grade に設定。
更には顔つきも「ちょいと、やんちゃ系?」にお色直しで “Mark�供� より「若々しさ」で差別化している Design だ。
 

フォト

写真は「ベストカーWeb」さんから拝借したもの。
“Mark�供� より更に American な雰囲気? 
後の「Mark�� 3兄弟」の中でも Sporty 路線を続けた “CHASER” だったけれど、その初代にはこんな 2 Door Model もあったのだよ。
ん〜、懐かしい。
 

フォト

次の「Rival 関係」は横綱同士で結びの一番?
先ずはこれだ。
写真は「B-cles car」さんから拝借したもの。
NISSAN “CEDRIC/GLORIA” の4代目だった “330” 系はこんな感じだった。
Owner Drive Car では NISSAN の最高級車だった “CEDRIC” や “GLORIA” にも、その昔はこんな “2 Door Hard Top” というのが有ったけれど、それもこの4代目で最後になってしまう。
この Coupe Model の主だったそれは下記のとおりである。
 販売期間:’75年06月〜’79年06月
 名称:2 Door Hard Top
 Image Character:二谷英明(CEDRIC)
 設定 Engine 排気量:2,800cc, 2,000cc
 搭載 Engine:L28E, L28, L20E, L20 など
 後期型から Top Grade の “Brougham” を追加
 ’79年06月 5代目 “430” 系を販売開始で終了
 
重厚感というよりも、いたずらに重々しい Design だったのがいかにも ’70年代な雰囲気で、その ’70年代の終りと共に消滅してしまった。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
“CEDRIC” と言えば、Image Character は二谷英明さん。
当時は若者が手を出せるような存在ではなかった “CEDRIC” や “GLORIA” だった。
そんな最高級車の更に贅沢な存在だったのが “2 Door Hard Top” だよ。
この無駄に重く、無駄にデカく、無駄に価格も高かった「無駄な車」を買える余裕こそ「選ばれた人」の証? 
無理・無茶をすること無く無駄を楽しめる人生…。
あぁ〜、羨ましい限りである。
 

フォト

“CEDRIC/GLORIA” と来たらば、その Rival は “CROWN” だったよね。
写真は「西部警察署別館」さんから拝借したもの。
TOYOTA “CROWN” の6代目だった “S11x” 系だ。
“CEDRIC/GLORIA” の3代目で最後だった”2 Door Hard Top” の販売が終了した ’79年から、この6代目 “CROWN” の販売が始まった。
しかし、その1年半後に登場した初代 “SOARER” に引導を渡され、“CROWN” もこの6代目で “2 Door Hard Top” は最後になってしまう。
この Coupe Model の主だったそれは下記のとおりである。
 販売期間:’79年09月〜’83年08月
 名称:2 Door Hard Top
 Image Character:山村聰
 設定 Engine 排気量:2,800cc, 2,000cc
 搭載 Engine:5M-EU, 5M-GEU, M-EU, M-TEU, 1G-EU など
 Roof 後部を革貼りにした Round Top を Option で設定
 ’81年02月 初代 “SOARER” が発売されて存在意義が薄れる?
 ’83年08月 7代目 “S12x” 系を販売開始で終了
 
先代の5代目から”4 Door Sedan” に加え、既存の “2 Door Hard Top” と同じ面構えの “4 Door Pillared Hard Top” が加わった “CROWN” は、この6代目でもそれを継承。
同じ面構えの 4 Door Model と 2 Door Model が存在した最後の “CROWN” である。
 

フォト

写真は「西部警察署別館」さんから拝借したもの。
売れ筋だった「小型乗用車」仕様の “2000 Super Saloon” で “2 Door Hard Top” だったのが、これっ! 
当時の(まだ若くて、とにかく愚かだった)私の価値観では、初めてこれを見にした時の印象が「うわっ…、これってダサダサっ!」だったのを今でも明確に記憶している。
とにかく「なんだよ、これっ?」と感じたよ。
なのに? …である。
生きていくうえでの様々な「あれこれ…」を学びに学んで50代に至った今の私の感覚というのか、あの頃とは全く異なる価値観で眺めていると「おぉ、これぞ大人の贅沢!」に漸く気が付いた私である。
だって、あの “CROWN” なのに 2 Door なんだぜ…? 
しかも、この猛烈に(米国の ”CADILLAC” っぽい?)American な威風堂々さったらば、どうよ? 
イイね、イイねぇ〜。
小型乗用車でも、なかなかの風格である。
そう! 
“CROWN” と言えど、当時はまだ「小型乗用車」の規格内の設計が基本だった。
えっ…? 
“CROWN” なのに小型乗用車だったの? 
…と思われる方もいらっしゃるであろうけれど、それは当時の NISSAN “CEDRIC/GLORIA” でも同じだったよね。
その理由は単純で、上記のとおりに一番の売れ筋が 2,000cc Engine 搭載の小型乗用車(所謂5ナンバー車)だったからである。
Engine 排気量の上限が 2,000cc 以下に加え…
 全長:4,700mm 以下
 全幅:1,700mm 以下
 高さ:2,000mm 以下 
…の範囲内の車体寸法が小型乗用車の条件なのは周知のとおり。
いずれの条件をひとつでも超えると普通乗用車(所謂3ナンバー車)になる。
竹下内閣による ’89年の(消費税を導入した)税制改革によって普通乗用車への自動車税が軽減されるまでは…
 排気量 2.0ℓ以下:¥39,500
 排気量 3.0ℓ以下:¥81,500
 排気量 6.0ℓ以下:¥88,500
 排気量 6.0ℓ超え:¥148,500 
…だったので、排気量が 2,000cc を超えただけで所謂「5ナンバー車」の倍以上を納税する義務があったのだ。
現行の “CROWN” は結構に立派な体格になったけれど、あの当時は上記の理由で “CROWN” と言えど基本は小型乗用車だったのである。
 
そうは言っても、Owner Drive Car では TOYOTA の最高級車 “CROWN” なので Body は大きい。
前後の Bumper は金属製の薄っぺらい奴、Side Protect Molding の厚みも薄くして、全長も全幅もぎりぎりの「5ナンバー車」という、最も大きな小型乗用車のひとつが当時の “CROWN” だった。
 

フォト

写真は「i.pinimg」さんから拝借したもの。
“CROWN” 初の DOHC Engine だった “5M-GEU” を搭載する “2800 Royal Saloon” が、これ! 
Grade Name のとおりで Engine の排気量は 2,800cc の普通乗用車だ。
前後の Bumper は Body と同色の分厚い樹脂製、Side Protect Molding も厚みがあって、車体寸法も堂々の「普通乗用車」仕様の “CROWN” である。
でも、車内の空間寸法は「小型乗用車」のまんま、なんだけれどね…。
ん〜〜〜。
それにしても、どうよ? 
正に威風堂々の佇まいではないか。
しかも、この白い屋根が私には「やばいぞ、おいっ…?」である。
その昔の米国製 2 Door Coupe で多かった手法のこれこそ Leather Top という装飾。
なんとこの “CROWN” には、Roof 後部を革貼りにした “Round Top” なんぞを Option に設定していたのだ。
おいおい、車の屋根が革製なんだぜ? 
それもお手入れが大変な「白」も選べちゃう? 
この猛烈に馬鹿っぽい贅沢さは結構にやばいぞ! 
 

フォト

写真は「西部警察署別館」さんから拝借したもの。
これって、日本車なの…? 
そう! 
こんなにも American な日本車がかつては存在したのだよ。
イイね、イイねぇ〜。
走る姿も威風堂々ではないか。
あぁ〜、やばい。
やばいぞ、おいっ…? 
今からおよそ40年も前という “CROWN” の “2 Door Hard Top” に胸キュンしちゃったではないか !? 
ん〜〜〜。
これの中古車って、今の相場はおいくらなのだろう…? 
あぁ〜〜〜。
やばい、やばい。
こんな古い車に興味を持つな、このどアホっ !! 
 

フォト

写真は「ポルシェ356A」さんから拝借したもの。
“CROWN” と言えば、Image Character は山村聰さん。
これは3代目 “CROWN” の Catalog に描かれていた1枚の Illustrator で、“2 Door Hard Top” の男性 User を Image したもの。
 
この週末は、少し遠いところにある予約済みの Restaurant へ、おしゃれして出掛ける。
もちろん、女性(妻、それとも…?)を同伴でね。
最高級車の “CROWN” なのに、“2 Door Hard Top” という無駄も選択肢にあるという、その余裕…。
お金だけではない。
知性と品格も持ち合わせた大人だけが選べたのが、この “2 Door Hard Top” という “CROWN” だったのではないか? 
無理・無茶をすること無く無駄を楽しめる人生…。
あぁ〜、これぞ「選ばれた人」の証。
私はそう思う。
 
一方、あの「ハイソカー」Boom 以降の “CROWN” はどうだろう? 
若者が、無理と無茶を重ねて無駄に白い “CROWN” に乗り、パチンコ屋に通う。
腹が減ったらラーメン屋か、せいぜいファミレスの程度。
その身なり服装の酷さも論外で、山村聰さんの Image とは無縁な奴らばっかり…。
一点豪華主義(で “CROWN”)なのはその人の自由だろうけれど、品格に見合わない選択は見苦しいだけ。
無駄に無理・無茶を繰り返して散財し続けるのも人生なのか…? 
あぁ〜、嫌だ、嫌だ…。
私は「真っ平御免!」である。
 
今回は ’80年の辺りに絶滅してしまった「2 Door Coupe も有ったぞ!」なあれこれを思い返してみたけれど、これ以外にも、かつては 2 Door Coupe も存在した車種を挙げてみると…
 ISUZU “BELLETT” ’63〜’73年
 ISUZU “Gemini” 初代〜3代目 ’74〜’93年
 MAZDA “FAMILIA” 初代〜3代目 ’63〜’77年
 MAZDA “Capella” 初代〜5代目 ’70〜’94年
 MITSUBISHI “GALANT” 初代〜2代目 ’69〜’76年
 MITSUBISHI “LANCER” 初代 ’73〜’79年
 HONDA “Accord” 3代目〜5代目 ’85〜’97年
 HONDA “Integra” 初代〜3代目 ’85〜’01年
 HONDA “Civic” 5代目〜6代目 ’91〜’00年
 TOYOTA “COROLLA” 初代〜4代目 ’66〜’83年
 TOYOTA “SPRINTER” 2代目〜4代目 ’71〜’83年
 NISSAN “SUNNY” 初代〜4代目 ’68〜’83年
 NISSAN “SKYLINE” 3代目〜12代目 ’68〜’16年 
…なんぞを思い出したけれど、この他にも有ったような気がする。
海外専用 Model も含めれば車種も期間も「更に…」であろう。
 
さて…? 
それは「最後の…」ではなかったのだけれど、この私には大変に印象深い1台がある。
その走る姿を最後に目にしたのはいつの事だっただろうか? 
21世紀の今はもう全く見掛けなくなってしまったよ。
 

フォト

それが、これっ! 
写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
‘68年の発売当初は 4 Door Sedan のみだった NISSAN の初代 “LAUREL” に、’70年から追加されたのがこの 2 Door Hard Top だった。
“BLUEBIRD” でいうと “510” 系と同世代で、その “BLUEBIRD” よりも上級嗜好という位置づけで登場したのが “LAUREL” とのこと。
Engine は4気筒の “G20”(2,000cc)若しくは “G18”(1,899cc)を搭載。
後に “G20” を SU Twin Carburator で武装した Sporty な “2000GX” が登場。
私が幼かった頃、父の愛車がこの “2000GX” だったのだ。
これぞ NISSAN で初めての Pillar Less(B Pillar が存在しない)Hard Top だったそうだ。
 
そもそも Hard Top って何…? 
最初の4輪自動車は全てが Open Car だった。
これに雨風を凌げる Soft Top を装備したものが登場。
自動車はどんどん進化し、やがて Open Car は Sporty な嗜好のものに…。
そんな Open Car に脱着可能な(Soft Top ではない)固い屋根を用意する Maker が現れる。
固い屋根だから文字どおりの Hard Top であり、これがその名称の由来とされている。
NISSAN で初の Pillar Less で “Hard Top” と名付けられた初代 “LAUREL” の 2 Door は…? 
前後の窓を全開にすれば、Door 後方の柱がない(Open Car のような?)開放感は衝撃的だったそうで、後には 4 Door であろうと(衝突安全性なんぞ度外視の)Pillar Less 4 Door Hard Top なんぞも出現するのであった。
あぁ〜、これぞ(出鱈目な)技術の日産 !? 
 
あの「昭和50年排出ガス規制」の以前だった(有害な?)Engine に加えて SU Twin Carburator で武装もあって「この LAUREL は速い」と自慢げの父だったのを今でも覚えている。
家族旅行には不便な 2 Door に加え、邪悪な毒 Gas を排出する “LAUREL” だったけれど、ね。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
Tail Lamp は左右ともに赤い3連式のみ。
Brake Lamp と Turn Signal Lamp が共用の(俗称)”Humming Signal” というそれだったのも懐かしい。
その ”Humming …” な Turn Signal は、3段階で内側から外側へ伸びるように点灯する、この近年で流行り始めたそれ。
それを私が幼かった頃に導入しちゃったのが “510 BLUEBIRD” と、この “C30 LAUREL” だった。
まだ車載用 Micro Computer も存在しなかったこの時代に、凝った作りである。
しかも「エアコンって、何?」の時代だったからねぇ〜。
だから後付専用の「カー・クーラー」なんぞの TV-CM も頻繁に観たのを覚えている。
父もこの “LAUREL” にそれを後付しちゃったっけ…。
冷風の吹出口は、助士席側の Dashboard 下に増設された「それ」のみ。
なので寒がりだった母には大不評だったのも懐かしい思い出である。
今じゃ〜軽自動車だって Air Conditioner を標準装備は当たり前、Full Auto すら当たり前になりつつあるのだから、便利な世の中になったもんだ。
PC も携帯電話も存在しない(不便な?)あの頃だったけれど、それを不便に思う事もなかった時代…。
そんなあの頃の車を懐かしく思う私なのであった。
 
さて、次回は…? 
Bike に全く興味が無かったこの私に「うわっ… !?」の衝撃を与えてくれた、あの Bike …。
小学生だった頃、欲しくて欲しくて「もう死にそう…」だった、あの家電製品…。
この私に「開放感」という楽しさを教えてくれた、あの車…。
初めて Race に参戦した、あの Bike …。
昔は不思議なくらい熱い市場だった、Car Audio の数々…。
…のどれかになるであろうけれど、どれが先になるのかは不明というか、成り行き次第。
COVID-19 を一刻も早く収束させる為にも「外出自粛」が求められている緊急事態である。
なので我が家でじっくりと懐かしいあれこれを Web で検索しまくり…
 うわっ… !?
 そうだよ、そうだよ!
 くぁ〜、懐かしい〜! 
…を楽しんでいる真っ最中である。
存分に検索で遊び楽しんでから、おいおいに記そうと思う。
遊び尽きてから記すので、次回がいつになるのか自分でも不明なのは、あしからず…。
懐かしいあれこれを本気(?)で調べるのって、思いの外に楽しいぞ、おいっ…? 
 
よしっ! 
これからも大いに働き、大いに(我が家で)遊ぼうぞ!
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