mixiユーザー(id:8426595)

2020年05月04日15:51

213 view

とにかく「素敵なオジサマ × 2」の TV-CM で押しまくった、あの車…

このところ明るい話題が乏しい。
いや、私が明るい話題に飢えているのかも知れない…? 
47都道府県の全てに「緊急事態」が宣言されても未だに COVID-19 の感染拡大に収束が見えないこの状況の報道ばかりで、明るい話題の News を恋しく感じる昨今である。
その COVID-19 を日本では「新型コロナ…」と連呼していたのもあって、先日は「およそ40年も前だった『新型コロナ』に思いを馳す」と題した日記を記したところ、同世代の友人たちからは思いの外の反響で驚いた。
驚いたどころか「もっとあの頃のそれを…」という催促の Message の数々を頂いてしまった次第である。
ん〜〜〜。
そうとあらば…? 
私の身勝手な私感だらけになってしまうけれど…? 
ご同輩に共感いただけるとあらば「我々が多感だったあの頃…」な自動車や Bike の思い出を、思い付いたままに記してみようと思った次第である。
なお「それの話題って以前にも触れた奴じゃん!」とお叱りを頂いてしまう重複ネタもあるであろうけれど、そこはどうぞご容赦のほど…。
何度も思い返すほどに「これぞあの頃は Impact があったぞ!」と温かくご理解いただければ幸いである。
では前置きはこのくらいにして、先ずはお題のそれから…。
 
昔、昔、あるところに…? 
それは今から丁度40年前のこと。
それまでの「’70年代」という古めかしさを「全て脱却してやる」くらいの勢いで「’80年代」を迎えた日本という小さな島国でのこと。
そう! 
あの当時はね、後に「バブル期」と称されるに至った頃への「前夜祭」のような経済状況だったよ。
その傾き加減は様々であっただろうけれど、どんな業種・業界もみんな「右肩上がり」でとにかく活気に溢れていた。
順調、且つ健全に日本の経済が「成長」し続けていた頃だったよ。
そんな頃に多感な中学生〜高校生の一人だったのがこの私である。
幼少の頃から音楽と乗り物が大好き! 
小学生だった頃は、心身共にあの「スーパーカー・ブーム」の洗礼を受けてしまった世代である。
そんな私が中学2年生だった ‘80年の春に「うわっ… !?」で登場したのが、TOYOTA の “CRESTA”(クレスタ)だった。
今回はその初代 “CRESTA” への思いのあれこれを記したい。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
あぁ〜、初代の “CRESTA” だよ。
悪く言ってしまえば、Maker 側の安直な「姉妹車」という発想で増やしちゃった「亜種」で登場の、それ…? 
“CHASER” と合わせ「Mark�� 三兄弟」と言われた中の「末っ子」で ‘80年に登場したのが “CRESTA” だった! 
…と思っていたらば、最初は「Mark�� 三兄弟」ではなく単独車種だったようだ。
時系列で整理すると…
 ’80年04月: X50 系の “CRESTA” が新登場
 ’80年10月: 既存の “Mark�供� & “CHASER” が X40 系から X60 系に Full Model Change
 ’82年08月: 後期型へ Minor Change で “CRESTA” も X60 系に統合 
…とのことで、正確にはその後期型から “CRESTA” は「Mark�� 三兄弟」になったのだそうだ。
因みに X50 系と X60 系では全長と Wheelbase も異なるとのこと。
当時の新型6気筒 Engine “1G-EU” を初めて搭載した初代 “CRESTA” の新発売は、同時に新規展開だった Vista(ビスタ or ヴィスタ)店の目玉商品のひとつとして大々的に広告されていたのも今となっては懐かしく思う私である。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
‘70年代な臭いがぷんぷん漂う X40 系の “CORONA Mark�供� が、これ…。
旧態依然(?)だった X40 系の “CORONA Mark�供鼻覆鳩残鐚屬世辰� “CHASER”)の Exterior Design は、初代 “CRESTA” の X50 系が登場によって大きく様変わりする。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
それまでの ’70年代な Design を一気に「あれって古かったよね」にまでしてみせた斬新な Exterior Design は「これぞ ’80年代!」という新しい時代の到来を感じさせた! …よね? 
その中でも “CRESTA” は「三兄弟」の中でも異彩を放っていたのが私には印象的だった。
“Mark�供� も “CHASER” も 4 Door Sedan と 4 Door Hard Top という2種類を展開していたけれど、新規参入の “CRESTA” は何故か 4 Door Hard Top のみ。
Hard Top と言っても B Pillar は存在し、窓枠が無い Sashless Door が4枚の Pillared Hard Top という形状だったけれど、同様の “Mark�供� や “CHASER” と比べると「引き締まった」印象を与えるその外観は 4 Door Sedan っぽくにも見えた。
これこそ “CRESTA” が爆発的に売れるに至った要因だったのでは、と私は回想する。
当時としては斬新だった直線基調で Compact & Stylish な 4 Door Sedan(に見える)という良い意味での保守的な Design は、あの「三兄弟」でも “CRESTA” だけだった。
これぞ当時の大衆に「こういうのを待っていたんだよ!」と大歓迎されたように私は記憶している。
その TV-CM がまた嫌らしい〜くらいに「上質な大人」を演出してくれたお陰で、まだ中学生だったこの私も「大人になったらば絶対に “CRESTA” に乗るぞ!」と心に決めてしまった。
…なくらいに、当時は猛烈に格好良い 4 Door Sedan に映って見えたのが、この ’80年に発売された初代の “CRESTA” だった。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
初代 “CRESTA” の Interior はこんな感じだった。
その Top Grade の名称に「おぉ !?」だったのも懐かしい。
“Mark�供� は以前からを継承した “Grande” だった。
“CHASER” は新たに設定された “Avante” だった。
いずれも単語構成である。
一方、”CRESTA” の Top Grade は “Super Lucent” という熟語構成(?)と来た。
それは「聞いた事も無かった」に加え大変に「響きが良い Grade Name」に感じてしまったのはこの私だけではあるまい? 
その Lucent とは「光る」や「輝く」を意味する。
それが Super Lucent と来たもんだ。
TV-CM の Image Character には山崎努さんを起用。
当時は猛烈に格好良くて素敵なオジサマだった山崎努が ”CRESTA” を「TOYOTA の最高級 Personal Sedan …」と言い放つ。
そして、その CM の最後には殺し文句の「CRESTA …、なんて私的な車だ…」だったよ。
これに「やられちゃった」のも、この私だけだったではあるまい…? 
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
私が高校1年生だった夏に Minor Change した後期型(X60 系に変更)はこんな感じだった。
2,000cc の 1G-GEU 型 Engine 搭載車が追加されたのもこの後期型からだった。
TOYOTA 初の6気筒 4 Valve DOHC Engine は多くの車種へと展開され「Mark�� 3兄弟」もその例外にあらず。
160ps の「ツインカム24」という響きも、当時の私には結構に「殺し文句」だったぞ…? 
後ろから眺めた Trunk Rid 左端の “Super Lucent TWINCAM 24” という文字を目にする度に「イイな、イイなぁ〜」と思ってしまう私だったわさ。
初代は前期型も後期型も「白」より 2 Tone Color の方が売れていたのは、当時の TV-CM の効果も抜群だったからに思う私である。
 
ぎりぎりの反則(逃れな)技、どころではない。
当時の(まだ中高生だった)私にしてみれば「掟破り」なくらいに荒業の連打に連打で「うわぁ〜」のいちころだったよ。
TV-CM の Image Character は上述のとおり山崎努さん。
それはもう憧れの Nice Middle な存在だった。
そしてその TV-CM の BGM には、これまた大好きだった Boz Scaggs と来たもんだ。
そう! 
これも ’80年だったよ。
TOTO の Member を従えた彼の Album “Middle Man” は日本でも(当時の女子大生や OL を中心に?)売れに売れた。
お題のとおり、とにかく「素敵なオジサマ × 2」の TV-CM で押しまくった宣伝効果は絶大で、まだ中高生だったこの私に「見果てぬ夢」を夢見させてくれたのが初代 “CRESTA” だったのだ。
 

フォト

その昔は AOR(Adult Oriented Rock)という言葉と Genre が存在した。
その AOR の中でも断然 Top の如くに傑作のひとつだったのが、これっ! 
’80年に Release された Boz Scaggs の Album “Middle Man” は、前述の「バブル期と称されるに至った頃への前夜祭」の如く、Back は豪華絢爛な Member に加え、Arrange から何もかもが Deluxe な1枚だったよ。
その ’80年から発売された TOYOTA “CRESTA” の TV-CM の BGM で流れていたのが、この Album に収められた “You Can Have Anytime” だった。
 

あの David Foster による「お見事!」な Arrange の数々…。
前述のとおり、Back の多くは TOTO の Member という構成。
Drums は当然に(私にとっては永遠の師匠でもある)Jeff Porcaro だよ。
Guitar も当然に Steve Lukather なのだけれど…? 
この “You Can Have Anytime” に限り、Guitar は Special Guest で参加した Carlos Santana だった。
で、どうよ? 
Santana が奏でる素晴らしい Solo Part の美しさったらば…。
この手の音楽好きだったらば「あぁ〜、Santana だ」と一発で判るそれっ、そのもの! …だろ? 
Guitar(の音)はいかにも YAMAHA の “SG” なんだけれども、その音色は格段に美しいのがあの当時は不思議に思えた。
ん〜、それもそうであろうよ。
当時はまだ非売品、あの YAMAHA が Carlos Santana の為だけに製作した特別の Guitar “SG-3000” の音がこれだったのだ。
この美しい Guitar の音色を BGM に、山崎努さんが「CRESTA …、なんて私的な車だ…」の殺し文句を言い放つ…。
あぁ〜、自分もいつか「その年齢」に達したらば…。
こんな Nice Middle(格好良い中年)になるのを夢見てしまう私だったわさ。
 
しかし、この世は全て「形あるものは必ず壊れる」である。
それも残酷な程に私の中で壊れ、木っ端微塵に砕け散ってしまったのが、あんなにも憧れに憧れていた “CRESTA” だった。
それはもう人気車種だったが故に、その User も様々だったのは当然なのだろうけれど…? 
私が自動車運転免許を取得する頃には、ちょいと年上だった Nonsense な輩どもが転がす「ボ〜ボ〜クレスタ」や「ボ〜ボ〜マーク2」なんぞが日本中に溢れていたのだ。
それはもう Nonsense の極み! 
ゴミ同然の後付け Aero Parts を自慢げに、内装は場末のカラオケ・スナックみたいな恥ずかしい装飾の数々、そして猛烈に下品な「ボ〜ボ〜」排気音を垂れ流しで喜んでいる Nonsense な「ボ〜ボ〜クレスタ」が伝染病の勢いで日本中に蔓延していたのだ。
特に我が地元「群馬県」のそれは酷かった。
群馬県人は「新しいもの好き」らしい。
その群馬で多くが売れれば「全国でも間違いなく売れる」という Jinx も有ったんだとか…? 
そんな群馬でも売れに売れたよ。
国道17号や18号を走れば、30秒に1回以上の頻度で「Mark�� 三兄弟」の対向車とすれ違うくらいだった。
で、群馬の “CRESTA” も Nonsense に Nonsense を塗り重ねた、猛烈に馬鹿っぽい「ボ〜ボ〜クレスタ」が On Parade の状態…。
落胆どころか、幻滅させられたよ。
憧れに憧れていた “CRESTA” を選んでしまうと「えっ…? こいつらと一緒にされちゃうの?」という悲しさは、やがて絶望感へと推移して行くのであった。
High Society(上流階級)という言葉の意味を勘違いしまくった挙げ句に「ハイソカー」という馬鹿っぽい造語が現れ、これをやたらと耳にするようになったのもこの頃からだったよ。
まだ中高生だった私も含めたパンピー(一般大衆)なのが、こぞって High Society なのを夢見てしまった…? 
結構な借金をして毎月の支払いに苦しみつつも High Society と夢見て所有した “CRESTA” で、通勤以外に出掛ける先と言ったらば「いつものパチンコ屋」という Nonsense な輩どもが「群馬にはいっぱい!」だった。
借金だらけのパチンカスな奴らがさて、どのように High Society(上流階級)なのやら…? 
憧れに憧れていた “CRESTA” への思いは、Nonsense な輩どもによって木っ端微塵にされてしまった。
 
’80年に登場し「うわっ… !?」で一目惚れしてしまった TOYOTA の “CRESTA” だったけれど、僅か数年で「失望」させられてしまった悲しい私である。
が、しかし…? 
そんな “CRESTA” は中流階級の踏み絵だったのか…? 
High Society を夢見る大衆に、Full Model Change した2代目の X70 系は更に売れた。
正統派の 4 Door Sedan! 
…のようにも見えた2代目の Exterior Design は私も好きだったよ。
そんな正統派だったそれをいとも簡単に捨ててしまい、”Mark�供� と変わらぬ外観で Identity も失った第3代目の X80 系であろうと、これも不思議なくらい売れに売れた。
けれども「はい、それまで!」だったよね。
その X80 系こそ、私の美観では「ダサいぞ!」の極みとなってしまい、“CRESTA” への思いはもう微塵も無かった。
加えて、世間では High Society と思われたそれが蔓延に蔓延して遂に飽和状態へ…。
そう! 
もはや “CRESTA” は普通の大衆車だった! …に漸くみんなが気が付き始めたのだ。
4代目の X90 系以降の販売台数は「Sedan 離れ」となった世間の嗜好とも重なって右肩下がりに…。
5代目の X100 系では、なんと “Super Lucent” という Grade Name も消滅してしまう。
あの「光り」に「輝く」という名称も失ってしまった “CRESTA” はこの X100 系で絶版となり、’01年の夏に販売が終了。
5代に渡る21年の歴史に幕を閉じてしまった。
 

フォト

写真は「名車文化研究所」さんから拝借したもの。
まだ中高生だった ’80年代の早々から「自分も将来は Nice Middle になってやる!」なんぞを夢見せてくれたのが、この初代の “CRESTA” だった。
憧れの “TWIN CAM 24” は、後の世代で “TWIN TURBO” や “SUPER CHARGER” といった過給器付きへと武装していく。
今度はその手で来たか !? 
…な New Model が各 Maker から次々と登場し、その話題も絶えなかった。
あぁ〜、激動の ’80年代…。
自動車や Bike の話題だけで仲間と何時間でも楽しめた「あの頃」だったよ。
誰にとっても「未来は明るい」と感じて疑わなかった ’80年代の「あの頃」を今は懐かしく思う私である。
 
さて、次回は…? 
もう完全に絶滅してしまった「あの形の車」の思い出なんぞを記してみたい。
そう、その昔はどんな車種であろうと存在した「あの形の…」である。
COVID-19 を一刻も早く収束させる為にも「外出自粛」が求められている。
なので我が家でじっくりと「あの形の車」のあれこれを Web で検索しまくり…
 うわっ… !?
 そうだよ、そうだよ!
 こんなんのも有ったぞ、おいっ…? 
 くぁ〜、懐かしい〜! 
…を楽しんでいる昨今である。
存分に検索で遊び楽しんでから、おいおいに記そうと思う。
遊び尽きてから記すので、次回がいつになるのか自分でも不明なのは、あしからず…。
 
よしっ! 
これからも大いに働き、大いに(我が家で)遊ぼうぞ!
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年05月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31