薗田担著『無底と意志―形而上学 ヤーコブ・ベーメ研究』(創文社)第4論文「J・ベーメにおける創造と悪の起源」を斜め読みする。
ベーメの初期の『アウローラ』は、まさしく「悪の問題」あるいは「悪の起源」を主題としている。いや薗田担氏によれば、ベーメの哲学的思索の根本問題がこの「悪の問題」あるいは「悪の起源」であるということができるらしい。
ベーメは「悪の起源」として《ルチフェルの堕落》を取り上げ、独自の考察と自然哲学的解釈を加えていく。ルチフェルとは、もともとは�狹兄鉢瓩任△辰燭�、そのルチフェルが抱いた驕慢(思い上がり)とは�犲�ら神にまで高まろうとすること�瓩△襪い廊狄世紡紊錣辰討修琉銘屬鰕�銭とすること�瓩任△辰拭�その驕慢こそが、まさにルチフェルの堕落の原因であり、起源だったのである。
しかし天使・ルチフェルを創造したのは神である。神はルチフェルに神の意に反する自由を持つものとして創造した。その意味では「悪の問題」あるいは「悪の起源」は、�狄世虜�元的自然�瓩砲泙之劼�っていく問題でもある。そうして晩年のベーメ思想に見られる、悪の問題に関する無底的根拠の探索と絶対的自由の確立という独自な世界観の発端がこの『アウローラ』においても見られるのである。
これらの「悪の問題」あるいは「悪の起源」は、シェリングの『人間的自由の本質』にも引き継がれていく。そしてハイデッガーにもそうであるが、ハイデッガーに於いては「悪の問題」あるいは「悪の起源」といった問題はどのように論じられているのだろうか。
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