権利、自由、人権、といった言葉を
根底から解き明かし、民主制、
そして日本の「未来」について.。
誤解している、あるいは理解していない
日本国民がほとんどでしょうが、
我々人間は、生まれながらにして
特定の、固有の、普遍的な何らかの
権利を持っているわけではありません。
何しろ、権利とは、
「自分には○○の権利がある」
と主張したところで、
生まれようがないのです。
極端な話をすると、
「自分には他人を殺す権利がある」
と叫んだところで、
社会が認めることはありません。
つまりは、権利とは自分「以外」の
共同体である社会が認めてくれて、
初めて存在し得ます。
そして、我々に権利があることを
「認めてくれる」社会について、
国民主権国家である日本の国民は、
影響力を行使することができます。
すなわち、投票という形を通して。
もちろん、
有権者として一票を投じたところで、
何しろ7000万人を超す
有権者がいるのです。
自分の思い通りの政策が実現する可能性は、
限りなくゼロに近いでしょう。
投票しても、自分の政治的な意思は
反映されない可能性がある。
何しろ、民主制とは最終的には
「多数決」で決めるルールになっています。
自らの主張が多数派を占めない限り、
現実化することはありません。
もっとも、
民主制とはチャーチルに言わせれば、
「結局のところ、民主政治は
最悪の政治体制と言える。
これまで試されてきた、
他の全ての政治体制を除けば、だが」
でございます。
最悪ではありますが、
他の政体よりはマシなのです。
何しろ、論理的には「為政者」を
引きずりおろすことが可能です。
安倍総理が気に入らないならば、
選挙で落とせばいい。
もちろん、総理は選挙に強いですが、
少なくとも
「選挙で落選させることが不可能」
というわけではありません。
これが、絶対王政や貴族制の場合、
選挙で為政者を交代させることは無理です。
それこそ、フランス革命のごとく、
革命で既存の権力を叩き潰し、
国王と王妃の首を切るしかないのです。
安倍総理を引きずり下ろしたいならば、
総理の選挙区で「反安倍」の多数派を
形成すればいい。
もちろん、簡単な話ではありませんが、
少なくとも「不可能」ではない。
革命によらずとも、
為政者を交代させることができる
「民主制」は、確かにチャーチルの言う通り
「最悪」ではあるのですが、
「為政者を交代させられない」政体よりは
はるかにマシです。
それにも関わらず、
「安倍は間違っている
(間違っていますが)。
間違っている安倍を潰せない
日本の民主制も間違っている」
と妙なことを言う人が少なくないのですが、
具体的に何をしたいのでしょうか。
テロでも起こしますか?
暗殺でもしますか?
いずれも、犯罪ですが。
犯罪に頼らず、政権や政策を「多数派」を
形成する「だけ」で変更することができる
民主制。
実は、日本の民主制は「他の政体」に
比べれば、はるかに国民に優しく、
親切というのが現実なのでございます。
というわけで、
今後の「令和の政策ピボット」は、
いかなる形を採るかは分かりませんが、
間違った「安倍政治」をピボット(転換)
するために、正しい政治を主張する勢力が
「多数派」になるように努めて参ります。
誰が、語っているか。
など、もはやどうでもいいです。
何を、語っているのか。
語っている言葉が、正しいのか、否か。
正しい言葉であっても、
多数派を形成できず、少数派意見として
無視された場合、それは民主制的には
むしろ「正統」である。
民主制における正統とは、
多数派のことなのです。
この現実を目の前に、我々一人一人が、
いかにして
「正当な政策を、正統に実現する」か
について、真剣に考えなければならない
時代なのです
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