mixiユーザー(id:26450852)

2019年08月16日13:07

222 view

わたしの人生は母によって与えられた

昨夜、大阪は台風の影響で雨の音がひどかった。

そんな雨の音のなかでぼんやりと母とのことを考えていた。

そもそもわたしが大谷大学で西谷啓治先生の下で西洋哲学を専攻し、大学院にまで進んだのは原野栄二先生のおかげであるのだが、その原野先生との出会いを齎してくれたのは、母であった。

中学生になってやはり勉強がかなり遅れていたわたしは、なんとか学習塾に通いたくってたまらなかった。自分の学力が送れているという自覚は、小学校を卒業した時点ですでにあった。

そして自覚の近くにできた学習塾に小学校時代のクラスメイトがいっぱい通っていることを知っていて、自分も通いたいとずっと思っていた。

摂津市から東淀川区に転校してきて、ある日、母が市場の近くに「アテネ塾」という学習塾があるということを教えてくれた。

「稲荷商店街の近くに�爛▲謄予劉瓩箸いΤ惱�塾があるから、よかったらどんなところなのか説明だけでも聞いてきたら」
という母の言葉にわたしは一人でそのアテネ塾という学習塾に行ってみた。それが原野先生との出会いであり、学生時代、京都学派の哲学者といわれた背先生方との出会いともなり、その思い出がわたしにとっては�狄誉犬諒�物�瓩箸覆辰討い襦�

あのとき、母がわたしに�牋隹拆ε抗垢龍瓩�にアテネ塾という学習塾がある�瓩閥気┐討�れなかったら、わたしはきっと原野先生とも出会うことがなく、きっと大学にも進んでいなかったかもしれない。

昔、西谷先生が
「マリアがいなければイエスは生まれず、摩耶夫人がいなければ釈尊もいなかった」
と話されたことがあったが、西谷先生は一人っ子でお母さん子であった。西谷先生が京都帝国大学の教員になって、お母様が亡くなったとき、西谷先生は酒に酔いつぶれ、あんな西谷さんの失態を見たのはあの時が初めてだったと原野先生が話されていたことも思い出した。

西谷先生は、イエスや釈尊という巨人も母という存在なしにはこの世に生まれ出ることはなかった、それだけ母親の存在は偉大なのだということを言われたかったのだろうと思ったりした。

わたしの母は、マリアや摩耶夫人ほど偉大ではなかった。しかしわたしにとっては、この人生という大きな機会を与えてくれた人なのだと思ったりしていた。
5 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する