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2019年08月06日00:21

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「私も学校の先生になってみようかなあ」と思いそうになります。

 教員が足りないから助けてほしい。そういう記事だと思って読むと、名乗りを上げてしまいそうになります。
 実態は労働環境が劣悪だと知れ渡ったためになり手がいない。退職者が多い。ということなのですけれど。【画像】は「教員不足 原因」で検索したトップのサイト(https://edutmrrw.jp/2017/innovation/0814_teacher_shortage)から。
 いわく、「競争倍率は一頃より低くなっていても、働き手世代が先生をやりたいと思わない。ここに、「教師は聖職」という神話の崩壊、学校の「ブラック企業化」が社会全体の認知として広がってきていることがみてとれるのではないでしょうか。(中略)定年前後の教員が定年間近を理由に離職するのを除き、若手・中堅が「転職」のために離職していることがわかります。また、数としては少ないですが、「精神疾患」などがいることもわかります。筆者もあまりの多忙さに身も心もすり減って離職したため、この数値には納得できます。」だそうです。

◆

■公立小中、先生が足りない 全国で1241件「未配置」
(朝日新聞デジタル - 08月05日 06:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5735614
 全国の公立小中学校で、教員が不足している。教育委員会が独自に進める少人数学級の担当や、病休や産休・育休をとっている教員の代役などの非正規教員が見つからないためで、朝日新聞が5月1日現在の状況を調査したところ、1241件の「未配置」があった。学校では教頭が代わりに授業をしたり、少人数学級をあきらめたりしており、教育の質にも影響が出かねない。

 単純計算すると、全国の公立小中学校約3万校の約4%で教員が想定より足りないことになる。文部科学省は教員の総数や雇用状況を毎年調べているが、こうした非正規教員の未配置の詳細は把握していない。国は教員の人件費を予算措置するが、給与額や配置は自治体に委ねている。

 朝日新聞は47都道府県と20政令指定都市、大阪府から教員人事権を委譲された豊能地区の3市2町の計72教委に、5月1日現在の未配置を問い合わせた。1241件の内訳は、独自の少人数学級や特別支援教育などの担当が736件、病休教員の代わりが257件、産休・育休教員の代わりが223件――などだった。

 教委ごとにみると、未配置の最多は熊本県の103件で、茨城県102件、愛知県92件、宮城県85件、神奈川県82件と続いた。計52教委は、対応として「教頭や副校長が担当した」と答えた。また、千葉県では学校の判断で学年を3クラスではなく、2クラスに分ける例が出ている。一方、7府県9市2町の計18教委は「0件」と答えた。

 ばらつきの理由の一つは、非常勤講師の使い方に差があるためだ。非正規教員の中にはフルタイムで働き、授業のほかに部活指導や校務なども担う常勤講師と、パートタイムの非常勤講師がいる。常勤講師が見つからない場合、非常勤講師をあてるかどうかは教委によって異なり、調査では47教委が「非常勤をあてた」と答えた。一方、熊本、茨城両県のように、「非常勤講師をあてない」と答えた教委は、未配置が増える傾向にある。(上野創、編集委員・氏岡真弓)

◆

(超耳)

 私個人は日本の学校制度を高く評価しています。教員という職もたいへん誇らしい仕事であると思っています。日本の未来を担うのは教育だからです。

 けれども日本の未来を担う部分を削って面倒事に追われる日々を送れ、という社会の要請、雇い主の要請が教員という職を魅力の乏しいものにしていると感じます。

 あと、無能な教員が多すぎるので同僚になりたくないとも思います。これは学校に通っている頃から理不尽に感じていました。免許を与えるのは多少易くするのもいいんですけど、一度採用試験に通ればめったに職を失わないというのがダメすぎました。

 2019年のメモとして書いておきますが、「かけ算の順序問題」というのが21世紀になってもまだあるんですよ。無能は「かけ算の順序にも意味があるので式はかならずこうでなければならない」という主張をネットでもそこかしこでも繰り広げています。その一つの事例だけでそのような個体は永久に教壇を追われるべきだと思います。が、思わないようなんですよ、文部科学省も教育委員会も。ウィキペディアにも両論が載せられていますので、興味のある向きはどうぞ。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%91%E7%AE%97%E3%81%AE%E9%A0%86%E5%BA%8F%E5%95%8F%E9%A1%8C
 また社会科でも「地域の人に聞いて調べよう」などという活動をさせておきながら、地域の博物館で調べた「縄文式土器」や「リアス式海岸」をテストで書くと間違いとされるなんていう矛盾を平気で行う教員がゴロゴロいます。あるいは兄姉のお下がりの参考書を使って学ぶ子どもだって今でも(多くはないとしても)いるはずなのです。用語の小さな更新で測れる子どもの能力のみみっちさ。バツをつけるためにバツをつける教員。無能としか言いようがないですよね。テスト前の指導として「地域や少し前の参考書で調べた範囲ではそうなっているが今は用語が更新されている」ということを言うのは構いませんけれど。テストでは正解として、返却時に指導するので十分なのだけど、それすら思いつかないほど無能なんですよ。かなりたくさんいますよね? 誰しも経験で知っていると思います。
 無能が「お前は仕事ができない」と言われるのが健全な職場です。仕事ができないのならできるようになるか、いなくなるかするのがいいのです。小人物が嫉妬から自分より能力の高い若者をいじめるようなのは可能なら一例たりともなくしたい。けれど非常に広く蔓延しています。

 さて、教員不足を少しでも解消するために一般の私たちができることがあるでしょうか? 私はあると思っています。
 子どもの犯罪や非行が明るみに出たときに「学校は?」と求めないこと。これだけでも違うと思うのですよね。学校を追及するせいで、学校が無難に運営するようになる。無駄な管理が生まれる。
 保護者とか社会一般の大人が賢くなると、学校も息苦しさを減らすと思います。そして無能な教員が減ると、有能な教員がのびのびと仕事ができると思います。

 十年後、二十年後に、ここにメモしたようなことが笑い話になっているといいなと思います。
 たとえば社会が、子どもの犯罪や非行に対して学校のコメントを求めないまっとうな状態、なっているといいですね。当たり前のことが実行できる私たちになっているといいなあ。今、一瞬のちにそうなってもいいはずなんですけど。声が大きいだけの考えなしの意見なんか聞かずに、子どもたちの役に立ち未来を豊かにする方を選ぶだけでいいんですけれどね。


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