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2019年04月11日13:20

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�猴審吻疆�な�牘震伸瓩箸いΔ海函檻贈咼廛譽潺▲燹嵜柴匹瀑表餡顱Π羮緻�『敦煌』」から

先日、BSプレミアム「深読み読書会・井上靖『敦煌』」のなかで、中島岳志さんが�猴審吻瓩箸いο辰鬚靴討い拭�

�猴審吻瓩箸蓮⇔磴┐弌屬錣燭靴鷲�邪をひいてしまった」という文章は、「風邪がわたしのなかに入ってきてとどまっている」という表現になる。あるいは「わたしはあなたと愛しています」ということも、「あなたへの愛がわたしのなかに入ってきてとどまっています」という表現になるらしい。

つまりわたしという存在は、つねに外部からの影響に支配されて今のわたしがあるということになり、そこにはわたしの意思も自我もさほど大きな影響は持っていないということを�猴審吻瓩箸いκ庫ヽ覆任△襦�

中島岳志さんが�猴審吻瓩力辰鬚靴燭里蓮�井上靖さんの小説『敦煌』の主人公・趙行徳にその�猴審吻疆�なもの、それは�牘震伸瓩箸いΔ發里魘�く感じたからだという。

実は、わたしが中学二年だった時、恩師・原野栄二先生の家で井上靖さんを見かけたことがある。原野栄二先生は弘文堂の編集長だった頃に小説家になりたてだった井上靖さんと知り合っていたという。戦前の京都帝国大学文学部哲学科卒業だったので、そのようなことも円になっていたのかもしれない。

わたしが井上靖さんの小説で読んだのは、『天平の甍』『本覺坊遺文』『孔子』と、美術エッセイである『カルロス四世の家族 小説家の美術ノート』と『ゴッホの星月夜 小説家の美術ノート』である。原野栄二先生によれば、井上靖さんは小説家としてもすごいが、美術評論家としても超一流だと聞いていた。

小説『敦煌』のなかで主人公・趙行徳が戦闘シーンに巻き込まれるところがあるが、それは井上靖さんが実際に兵士として戦場に行かされた経験に基づくリアルさがあるのだと「深読み読書会」に集まった人たちが話されていて、まさしく戦争とは人間個人の意思も自我も何も上がらうことができない、�牘震伸瓩箸いΝ猴審吻疆�に生き方しか許されないものなのかもしれないと思いながら見ていた。

ちなみにわたしは新潮社刊行の『井上靖全集第25巻』を買って今も持っている。その巻には美しきものとの出会い」「カルロス四世の家族」など美術作品との出会いと感動を描いた〈 美術エッセイ〉と「中尊寺と藤原四代」などの〈歴史エッセイ〉が収録されているのである。
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