朝方、父の夢を見る。
わたしの部屋がまだ畳であった頃、わたしが食べ物をこぼししてしまって、
�狒歃�しなければ��
と思っていると、突然父がわたしの部屋に入ってきて、
「おれはこんな汚い部屋は嫌なんだ」
と、わたしの部屋の汚れた畳の表面だけを剥ぎ取って、どこかにもって行った。
表面を剥ぎ取られた畳でどうやって寝ろっていうんだと思いながら、部屋を出ていく父の後ろ姿を見ていた。
しかしあの声はたしかに父の声であった。
生前、父はよく無断でわたしの部屋には行ってくると、本箱の棚を指でたぞり、汚れ具合を見ていた。わたしはそんな父の行為が嫌でたまらなかった。
父はある意味、極度のきれい好きであった。だから母と結婚した当初、仕事から戻ると、自分で家の掃除を行っていたらしい。そんな父の行動が母には嫌でたまらなかったという話を母から聞いたことがある。
あるいは父は、わたしが大学で哲学を専攻することには反対であった。父の希望としては、わたしに工学部か法学部に進んでもらいかったようであるが、わたしはそういう父の思いを無視するかのように、文学部を受験し、哲学を専攻することにした。
そんなこともあってか、
「本は重くて床が抜ける」
と、わたしが本を買って帰ると、そんな嫌味をよく言われたものである。
しかし畳の表面だけを剥ぎ取るとは、奇行だと思われるかもしれないが、父はよくそういう常識外れの奇行を行ってはわたしと喧嘩になったものだ。
�爐匹海�おかしな人��
というイメージもわたしのなかにはある。今朝の父の夢はそんなことを表しているのかもしれない。
ただ、下の妹に�猊磴量瓦鮓�た�瓩箸いΔ函∩△泙靴い箸い錣譴襪�もしれない。父が子どもたちで夢に出てくるのは、今のところ、わたしだけなのである。それだけ、父はわたしのことを深く思っていてくれたのかもしれない。いや、死んでもなお、父はわたしのことを深く思い続けていてくれるのかもしれない。そう思うと、父に対する感謝の思いを禁じ得ないのである。
朝方父の夢を見る。
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