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2018年04月14日15:16

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母の見舞いに行って来て

安心した!

今日の午後より母を見舞いに大阪市立総合医療センターに行く。

下の妹からは、今までわたしが知っている母とは違っているので驚かないようにと、釘を刺されていたのだが、病室のベッドに横たわる母はわたしの顔を見るなり、むくっと起き上がって、これまでの母と同じくわたしにいろんな話をしてくれた。

母が転倒して救急車で大阪市立総合医療センターに運ばれたとき、自分はこれで終わりなのかという思いを強く持ったという。その思いのなかで、どうやってわたしと連絡を取ろうかということばかり考えていたと話していた。

緊急手術ということになって、大阪市立総合医療センターから下の妹に連絡が行き、妹が大阪市立総合医療センターに駆けつけたという。ただ母に合う血小板の方が日本国内になく海外で一つだけあってそれを緊急輸入したという。おかげで母の出血も止まり、今は週に何度かの歩行のリハビリを受けているという。

ただ、母は左の頬骨を骨折し、左目の視力も全くないという。そしてこのまま大阪市立総合医療センターに留まって治療を受けるか、他のリハビリ施設に移って、リハビリの治療を受けるかの選択を担当医と相談していると話していた。

しかしわたしが思い描いていた様子とは全く異なって、思ったより元気な母の姿に安心をした。安堵をした。やはり母の見舞いに行ってよかったと思えた。

母もわたしの顔を見て安堵したといっていた。そして母は
「頑張る」
と言ってくれた。

「わたしも頑張るから、あんたも頑張り」
と笑顔を見せてくれた。

わたしを大阪市立総合医療センターまで移動支援してくれたヘルパーさんに、
「この子は偏屈なところもありますが、どうぞよろしくお願い致します」
と、母は頭を下げてくれた。

母は入院中、三度もわたしに電話をかけてきてくれた。そこには母のわたしに対する強い思いがあったように思えた。母がヘルパーさんに、
「わたしは今、この子の障害を今になって体験しています」
と、話していた言葉がわたしのなかに残った。母のわたしに対する思いの深さをいまさらながら知った思いがした。

見舞いは、30分ぐらいで切り上げてきたが、母はわたしを病室の手前まで見送ってくれた。

�猴茲討茲�った、安心をした��
わたしは何度もその思いをかみしめながら帰ってきた。
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