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2018年04月07日12:10

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ジュンク堂書店の帰りに

昨日、いつも何かとお世話になっているTさんにジュンク堂書店大阪本店に連れて行ってもらった帰り、母が入院している大阪市立総合医療センターの前を素通しして帰ってきた。

ジュンク堂書店の帰り、突然Tさんが
「100円橋を渡って帰りたいのですが、いいですか」
と言われたので、
「いいですよ」
と、わたしは答えた。

Tさんが運転する自動車は、天神版筋六丁目、いわゆる�狹系鮫瓩慮鮑硬世魃�折して、都島の方向に向かっていった。

�爐△譟△海瞭始�は確か・・・・・・・・・��
と思っていると、都島の母が入院している大阪市立総合医療センターの前に出た。

「どうされますが、病院に寄っていきますか」
と、Tさんは言ってくれたのだが、
「いえ、今日はいいです。そのまま帰りましょう」
と、わたしはTさんに答えた。

いま、母の顔を見るのが怖かった。
母はわたしが見舞いに行けないことはわかっている。誰かの支援なしには見舞いに行けないということはわかっていた。なのに、ひょっこりわたしが顔を出すことによって、変に動揺させることが怖かったのだ。

昨年の11月、母はわたしを手放しことへの後悔の念から、またわたしと一緒に住もうと言い出したことがあった。あのとき私も母の近くに引越をすることを真剣に考えた。

そしてそのことを下の妹に話すと、
「今のお母さんはお兄ちゃんが知っている頃のお母さんではないの。だからお母さんのいうことに振り回されることはやめて」
と、釘を刺されたことがある。

今回の母の入院の件も妹たちからわたしに何ら連絡はなかった。連絡がないということは、母の状態がそれほどではないということなのだ。母は自分で電話をかけて来られる状況にある。ということは、大したことはないのかもしれない。

母の状態を知っているのは、わたしより近くで暮らしている妹たちなのだ。だからわたしはその妹たちを信じるしかないのだ。今、わたしが勝手に動いて母に動揺を与えて知って、より悪化されてしまうことも考えられる。わたしがよっこり顔を見せることで自分の病状は周囲の人たちが言っていることよりより悪いのではないかという疑念を抱かせる可能性もなくもない。

「わたしはきっとあんたの名前を呼びながら死んでいく」
いつだったか、電話で母がそう話したことを思い出した。母はまだわたしの名前を呼んでいない。ということは、まだ自分が死ぬとは考えていないということなのである。母がわたしの名前を呼んだら、妹たちもわたしのそのことを伝えて何らかの方法で病院に連れて行ってくれるはずである。わたしはそう信じている。

だから昨日は、母が入院している大阪市立総合医療センターの前を素通りして帰ってきた。

ひょっとしてTさんは、ジュンク堂書店の帰り、わたしを母の見舞いをさせてやろうと思われて、
「100円橋を渡って帰りたいのですが、いいですか」
と言ってくださったのかもしれない。
もしそうならばTさんのお心遣いには感謝する。

しかしわたしは母との絆や妹たちへの絶対の信頼があるのだ。その信頼から昨日は大阪市立総合医療センターの前を素通りして帰ってきたのだ。
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