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2018年02月25日12:26

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カントの『宗教論』と初期ヘーゲルの神学論文−氷見潔著『カント哲学とキリスト教』から

氷見潔さんは、カントの『宗教論』の第四部「善の原理の支配下における奉仕と偽奉仕とについて、すなわち宗教と僧職制について」が従来の研究者たちによって『宗教論』の�猊佞餌�し�瓩箸澆覆気譴討�たことに対して、�狃ゞ掬�学的・宗教史的な見地�瓩�ら大きな意味をもつと評価される。

それは�爛�ントが教会的キリスト教の権威主義的・学識的宗教的な現状鋭く批判している、ということ、およびそのことに関連において彼がユダヤ教的・旧約的伝統に対してかなり反発を示している�瓩箸いΔ海箸任△蝓↓爛罐瀬箒掬�・旧約的伝統をこそ、キリスト教の道徳的純化の妨げとなる否定的構成分とみなしている�瓩箸いΔ海箸任△辰拭�

このようなカントの宗教哲学的思想における〈反ユダヤ教的〉あるいは〈反旧約的〉な傾向は、�爐海凌�年後にカントの論述から多大な影響を受けたと思われる青年期のヘーゲルが、この同じ傾向をいっそう顕著に示してくる�瓩箸いΔ海箸鮖愿Δ気譴討い襦I晃�潔さんは、このことを�犹�柄の重大性�瓩箸気譴討い襦�では、カントの『宗教論』から多大な影響を受けたとされる青年期のヘーゲルの宗教的学的思想とはどのようなものだったのだろうか。

氷見潔さんは、青年期のヘーゲルがカントの『宗教論』から受けた影響について、その著作、『カント哲学とキリスト教』の第7章「ベルン期ヘーゲルのキリスト教理解−カント『宗教論』の影響−」において論じられるのである。

氷見潔さんは、1790年代の若きヘーゲルが抱いていた問題意識を次のように論じている。

「彼(ヘーゲル)はすでにテュービンゲンの神学部に学び、ベルンに出発する少し前には神学試補の資格を習得していた身であるが在学中から、カント哲学によって代表される理性の輝かしい成果に心酔し、教会的「正当」の権威による信仰の強制に反発して〈如何にしたらキリスト教は理性的な主体の要求に適う主体的宗教(国民的宗教)たり得るのか〉という問題に取り組みつつあった。いまや、まさに彼の深く傾倒するところのカントその人が、『宗教論』によって、理性の立場からキリスト教信仰に関与する道を示してくれたのであるから、ヘーゲルが、その所説に徹底的に学びかつその帰結を考え抜いてそれの現実への適用を追求する、ということをもって、自らにとっての必然的にして緊急の課題とみなしていたことは、けだし当然であったといえよう。」

氷見潔さんによれば、当時の若きヘーゲルが抱いていた問題意識は、�倏_燭砲靴燭薀�リスト教は理性的な主体の要求に適う主体的宗教(国民的宗教)たり得るのか�瓩箸いΔ箸海蹐砲△蝓△修里茲Δ別簑螳媼韻魯�ントの『宗教論』から触発されたところも多々あったらしい。そして氷見潔さんは、この時期の若きヘーゲルの論文である『イエスの生涯』(1795年)と『キリスト教の実定性』(1795年)とから、�爛悄璽殴襪�カント『宗教論』の提起した諸問題をどのような仕方で受け継ぎかつ発展させていったのか�瓩箸いΔ海函△修靴騰爐修海砲禄ゞ掬�学的な見地から如何なる重要な問題点が新たに姿を現わすにいたっているのか�瓩箸いΔ海箸鮃融,気譴襪里任△襦�

さて、ヘーゲルがカントの『宗教論』における最高にして完全なる道徳的人格者としてのイエス像を受け継ぎ、さらに発展させていった論文として『イエスの生涯』が挙げられる。カントが『宗教論』の「第四部」で断片的なイエスの教説に�狷仔租�意味�瓩鮓�出そうとしたのに対して、ヘーゲルはこの『イエスの生涯』においてイエスの生涯そのものを�犧嚢發砲靴憧袷瓦覆詁仔租�人格者�瓩箸靴読舛海Δ箸靴燭里任△襦�

氷見潔さんは、そもそも哲学者がイエスの生涯を描くことの意義を、�狹�学者がイエスの伝記を書くということ自体、神学との関係における態度決定としてはきわめて重要なことであると考えるし、かつ青年ヘーゲルがカントの『宗教論』に触発される形でそういう企てに乗り出した、という点に、何よりも画期的意義を認め得る�瓩箸いε世砲△辰燭班床舛気譴討い襦�その上で、わたしは氷見潔さんの次のような論述に注目したい。

「もちろん立脚地としてのカント哲学は、すぐ後のフランクフルト期において〈克服〉されてゆくことになるが、理性の真理がイエスの教説と生涯とにおいて実現され顕示されている、という見方は、その後のヘーゲル哲学の基本的生活を規定してゆくといってよい。やがて『精神現象学』において、〈絶対精神の自己啓示〉というべき概念の中に、それは落ち着き先を見出すかのごとくである。」

この時期のヘーゲルがカント哲学から強く学び取ったものは、まさしく�猴�性の真理�瓩任△蝓△修劉猴�性の真理�瓩海修�、のちのヘーゲル哲学における�狎簑仞鎖世亮�己啓示�瓩箸いα埖腓陛�学体系の萌芽がすでにこの時期の若きヘーゲルの中にあったことを物語っていると考えられるからである。

このように若きヘーゲルはカントの『宗教論』に倣って、『イエスの生涯』においてはイエスを�犧嚢發砲靴憧袷瓦覆詁仔租�人格者�瓩箸靴読舛海Δ箸靴燭里任△襪�、『キリスト教の実定性』(1795年)においては、イエスはその�狷仔狙��瓩忘胆泙垢襪茲Δ防舛�れるのである。そのイエスの挫折について氷見潔さんは次のように書いている。

「すなわち、ヘーゲルは、イエスを一個の道徳の教師として、その歴史的生涯の様において具体的に描き出すことを試みた。その際彼は、イエスにおける純粋な道徳性の発現を妨げた否定的要因として、ユダヤ民族社会を浮かび上がらせた。そして、両者の間に険しい対立と憎悪とを軸として叙述を展開するところから、ついにはイエスを民族社会の偏見の犠牲者として描くとともに、ユダヤ民族に対してイエス殺害の〈刑罰〉を代々にわたって受けるべきであるとする、いわば無限責任論に達しているのである。その意味においては、ヘーゲルの宗教史的な試みは、実のところ福音書以上に福音書的な傾向性を含んだイエス伝を帰結せしめた、と言わなくてはならないであろう。」

と同時に、氷見潔さんは、ヘーゲルが『キリスト教の実定性』を書いたことによって、�爛�リスト教の起源に関する宗教史的・宗教哲学的な考察のために新たな展望を開き得た�瓩箸いΔ海函↓狃ゞ技謀�・宗教哲学的な見地から古代ユダヤ史が叙述される必要�瓩箸いΔ海箸��狃ゞ掬�学的な見地から如何なる重要な問題点�瓩�新たに表した姿として挙げられている。古代ユダヤの民族社会に改革者イエスの道徳的意図を挫折させ、かつ彼の主体性を崩壊させてしまうほどに根深いものであったとするならば、やはりキリスト教の起源、さらに古代ユダヤ史に関する�狃ゞ技謀�・宗教哲学的な見地から�瓩旅融,鷲�要となってくるのであり、それとともに、�爛ぅ┘港�の根本的な描きなおし�瓩發泙辛�要となってくるのである。

「以上、私たちは、哲学史連関の内でカント『宗教論』の重要な影響が最も顕著に認められる、ベルン期のヘーゲルの思想動向について、若干の考察をした。」

これらの課題にヘーゲルは、フランクフルト期における課題として取り組むことになると、氷見潔さんは書いている。では、ヘーゲルはフランクフルト期においてこれらの課題にどのように取り組んでいったのであろうか。しかしそのことは、カントの『宗教論』の研究範囲から離れていくテーマなのである。

宗教哲学者である波多野精一には『基督教の起源』や『原始キリスト教』という著作があり、わたしもこれらの著作を学生時代に買って読んだことがある。宗教哲学者である波多野精一がキリスト教の起源や原始キリスト教に関する研究論文を書いているのは、波多野精一がクリスチャンだっただけではなく、それらが�狃ゞ掬�学的な課題�瓩世辰燭�らであろう。波多野精一はヘーゲルを意識してこれらの論文を書いたのかもしれない。そんな気も今、氷見潔さんの『カント哲学とキリスト教』を読んでそんな気がしてならないのである。

では、フランクフルト期以降のヘーゲル哲学においてイエス・キリストはどのように論じられていったのであろうか。わたしの新しい関心事は、すでにそのあたりにあるのである。
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