mixiユーザー(id:157948)

2018年01月25日02:13

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これが「叱らない記事」なんでしょうか? がっかりです。

 子どもに対してもこの記事の調子で接するんでしょうか?

>約束を破ってからだと、どうしても語調が強まりがちなので、

 そこでどうするか手本を示さないで「お前の叱らない子育ては間違っている」という記事を書くのは卑怯ですよね。
 叱らない子育てを推奨するような人ってこの程度なのかと思ってしまいそうになります。

 約束を破った子にはどうするの?
 二度目、約束を破ったら?
 三度目は?
 四度目は?

 いつ叱るの?
 他人を傷つけた時も叱らないの?
 犯罪者になっても叱らないの? 刑法により、警察・検察・司法が代わりに叱ってくれるからママは一生叱らないという理屈? 他人に叱らせる子育てにすかさず移行して、自分では決して叱らない子育てを続けるのかな?

 一番疑問に思うところに答えない。それで「真の叱らない子育て」と言うのだもん。
 叱らない子育てって全部ニセモノなのではないの?
 叱らない人はことごとくバカなんじゃないの?

 そう思わされる記事でした。

◆

自己流「叱らない子育て」の落とし穴
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=4957161

「叱らない子育て」は学んで実践しないとその後が大変に!
「叱らない子育て」という言葉をよく聞くようになりました。とても魅力的な響きかもしれません。だって、叱ることはママにとってストレス、できれば叱らずに穏やかに育てたいと思うからです。

でも、「叱らない子育て」は、我流でやってしまうとほぼ失敗してしまいます。なぜ自己流だと上手くいかないのか、子育て心理学で解説していきます。

自己流「叱らない子育て」よくあるパターン
世の中には数々の子育てメソッドがあります。「〇〇メソッド」「〇〇式」。ネーミングからイメージが湧きやすいものとそうでないものがありますが、「叱らない子育て」は、ママにとってイメージしやすいメソッドのようです。それもあり、自己流に流れやすい傾向があります。

これまでに、公園などで、こんな場面に遭遇したことはないでしょうか? たとえば、

・お友達を叩いた
・順番を守らず、横入りした
・勝手に砂場道具を借りた
・他の子が作ったお砂のケーキを壊した

なのに、その子のママは何も言わずに見守る……。

「えっ!? 何も言わない? 注意しない?」

自己流だと、ただ目を瞑るタイプの「叱らない子育て」になってしまうことがあります。「叱らない=のびのびと自由に育てること」という印象があるようです。

自己流だと失敗しやすい理由
私は、子供を強く叱ることの弊害をこれまでも数多く伝えてきており、考案したポジティブ育児メソッドの中でも、叱らない子育てを推奨しています。しかし、それでも、”自己流”はおすすめできません。

叱らない子育ては、きちんと心のからくりを知った上で実践しないと、結果的に、数年後に収拾がつかなくなり、強く叱る方に転換する確率が高いからです。ママも大変、子供もかわいそうという状況に陥ってしまうのです。

なぜ失敗するのか、その一番の理由は、子供にルールを示せていないからです。教えてもらっていない以上、その子はルールに従うのは難しいもの。

お友達遊びがスタートする1歳半過ぎあたりから、少しずつ必要になってくる社会的なルール。それにも関わらず、ただただ「何も言わない」で過ごしてしまうと、その子は、知っておかなくてはいけない社会のルールを学ぶチャンスを逸してしまいます。

社会の一員として、私たちは社会のルールを学ぶ必要があります。そして、子供たちに教えていく責任があるのです。

ママは「審判」ではなく「応援者」
子供にルールを伝えるには、強い力も必要だと思っている人は多いと思います。しかし、怒鳴りつけたり、罰を与えたりと強い力をかけてしまうと、ルールは覚えるかもしれませんが、罰による悪影響も免れません。

つまり、ただ叱らないのは全然ダメ、叱り過ぎるのもダメ。では、子供にどのようにルールを教えていくのが望ましいのでしょうか?

親が子供の行動を見るとき、つい「ルールを破った瞬間」に敏感に反応してしまいがちです。サッカーでたとえるなら、約束で決めたラインを超えた瞬間に、「だめって言ったでしょ〜!」とイエローカードを出す、そんな感じです。

親は「審判役」になってしまうのです。でも、ルールを設定した一番の目的は、その約束を守らせることであり、破った瞬間を告知することではありません。

多くの人がスルーしてしまっているのが、子供がルールを守って約束通りできている間の時間です。サッカー観戦をしていれば、ルール内で善戦しているとき、「イケ〜ッ!」「その調子!」と応援します。それと同様に、「ルールを守っているときに子供をねぎらう」という形で、ルールを子供に教える選択肢があるのです。

親がルール違反をチェックする「審判」にならずに、善戦を後押しする「応援者」になれると、叱らない形のままルールを教えることができます。

たとえば公園に遊びに出かけたとき、着いていきなりケンカを始める子はいないでしょう。ケンカというのは、だいたい友達同士で仲良く遊んでいたのに、途中でいざこざが起き、ケンカになるケースがほとんどです。

到着早々というのは、たいがい「上手く遊んでいる状態」なのです。それを「上手に遊んでいるね」「かわりばんこができているよ」と声をかけることで、「叱らずにルールを教えること」もできるのです。

真の叱らない子育てはママの観察眼があってこそ成り立つ
ママが教えたいルールは「友達と仲良くすること」であり、別に「叩いてはいけない」「意地悪はしてはいけない」「勝手に取ってはいけない」である必要はありません。

約束を破ってからだと、どうしても語調が強まりがちなので、子供が仲良く遊んでいるとき、機嫌がいいとき、ポジティブ感情に包まれているときを見逃さず、「その調子!」「いいねいいね」と声をかけると、ルール内にとどまろうとする心理が働きやすくなります。

叱らない子育ては、子供のやることを傍観するだけの楽ちん子育てではありません。子供が、ルールの中で遊んだり行動したりすることを積極的に促す、ママの観察眼があってのメソッドなのです。
(文:佐藤 めぐみ)

◆

(超耳)

 もし記事に「叱らない子育てはなにがあっても叱らないということではない。叱ることでしか回避できない問題があるときは叱るべき。それはこういうケースだ」というような流れが少しでもあったのなら価値があっただろうにと思います。

>・お友達を叩いた
>・順番を守らず、横入りした
>・勝手に砂場道具を借りた
>・他の子が作ったお砂のケーキを壊した

 ひどいことをする子もいますよね。こういうことをするものです、子どもは。
 親が立ち去るのがダメだなんてことはまともな大人だったら誰もがわかること。
 「真の叱らない子育て」を教えてくれないと困るんですけど。

>「えっ!? 何も言わない? 注意しない?」

 「注意」とはなにをどうすることなんでしょうね。
 お砂のケーキを壊された子は、壊した悪者が泣かされもせずに済まされて納得いくんでしょうか?
 もし叱られもしないんだったら、次はその子を仲間にしないほうがいいですよね。無視したり、追い払ったりした方がいいですよ。害悪は遠ざけた方がいいんですから。
 誰とでも仲良くなどする必要は大人も子どももありません。意図的に他人に害悪をなす邪悪は遠ざけるのがベストなんです。むろん戦って叩きのめすのも(法の許すやり方で)ありですけど。まあ、子どもにはむずかしいので、無視または追い払いをお勧めします。

 叱らない子育てなる邪悪を生み出す邪法は、嫌だなあ。こういう人は身近にいてほしくないな。

 まだどこかに理想的な「真の」叱らない子育てなるものがあるのかもしれませんけど。記事からは「そんなものはない」という感じがプンプンします。怪物が育つだけ。
 記事の言う「真の叱らない子育て」など、叱らないことが目的化したバカ意見だと思います。
 読んで損をしたなあ。

 叱らない子育てをしている偉いママという自己像のために怪物を生産するの、やめてほしいな。砂のケーキを壊し、順番を守らない子を増産しないでよ。そんな子が叱られないために仲間はずれになるほうへ人生を誘導するのをやめてやってよ。


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