昨年1・4ドームのケニー戦は46分45秒の死闘で世界中のプロレスファンや関係者に衝撃を与えた。
その一方で当日深夜の地上波テレビ放送の視聴率は平均1%台と低迷した。
「悔しかったです。あれだけのことをやっていても、見てくれる人がいなかったら仕方ない。
リング上だけ頑張っていればいいとは言えないなと思った」(オカダ)と、激増する試合数の中で
負担を増やしてでも積極的にメディア露出に努め、ほとんどオフ返上で働き続けた。
柴田勝頼が試合後に硬膜下血腫の重傷を負った時は「どうしたらいいんだろう、と。
周囲からは『気にするな』と言ってもらってましたが、あのころは本当にプロレスが怖かった」
オカダは当時を振り返る。その苦悩を救ったのは、病床の柴田からのメッセージだった。
「ケガのことは気にするな。常にそういうものだと思って試合をしているから。何も後悔していない。
ちゃんと生きているから大丈夫。お前も頑張れ」
以後のオカダは自ら団体と交渉し、移動方法やイベント出演報酬に至るまで、所属レスラーの待遇改善にも
努めるようになった。その強さの奥底には業界の未来もライバルの思いもすべて背負うという、
プロレス界の顔としての責任感と覚悟があった。
試合後のリング上でオカダは「まだ(外野席が)空いているところがある。レインメーカーに任せなさい。
超満員札止めの東京ドーム見せてやるからな!」と豪語した。
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