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2017年12月24日14:09

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�爛�リスマスの真の意味��

「原始キリスト教において信じられ宣教されたあの神学的事実―人類の救済者としてのキリストは、同時に被造物全体の救済者であり、また、この名と結び付いた救済の出来事は、人間の堕罪が被造物全体を呪いへと引きずり込んだように、万物に関わるという事実―の�爐靴襪鍬瓩髻�人間と被造物との連帯(Solidarität)に基づいて、人間の救済はすなわち被造物全体の救済である。新約聖書が全体として証言しているところによれば、人間の救済者であるキリストは、仲保者としてすでに世界の創造にも関与している。聖書の救済史の特徴は、歴史上の出来事と宇宙的な出来事と結び付けていることである。」

20世紀を代表する新約聖書・古代キリスト教研究の第一人者であるオスカー・クルマンの『クリスマスの起源』(教文館)の一説である。

イエス・キリストの誕生日がどうして12月25日だとわかっているのか。この疑問に出くわしたのは、学生時代京都の河原町三条にある河原町カトリック教会の地下にあるビアガーデンで開かれたクリスマス会に参加しているときにふっと出くわした問いであった。

そもそもイエス・キリストは2000年も前に生まれた人である。そんな昔の人の誕生日が記録として残っているはずはない。もっと言えば、�爛ぅ┘広瓩箸いμ樵阿蓮�日本でいうと�狢析梱瓩箸いΔ茲Δ覆匹海砲任△詭樵阿任△襦�そんな人物の生年月日など、残っているはずはない、それはその時のわたしなりに出した答えであった。

しかし会社勤めをしていて、クリスマスイブになると、やたらに�爛瓮蝓次Ε�リスマス�瓩箸いΕ瓠璽襪�全世界からやたらに飛んできた。しかもあったこともない海外の社員からであった。そのメールによってわたしの作業は大幅に遅れたりした。

�牋貘痢▲�リスト教においてクリスマスとはどんな意味があるのか��
という疑問がわたしのなかに湧いてきて、会社のパソコンを使ってジュンク堂書店のホームページで�爛�リスマス�瓩噺〆�して、出てきたのが、オスカー・クルマン著『クリスマスの起源』という書籍であった。その日の帰りにジュンク堂書店に立ち寄り、そのオスカー・クルマン著『クリスマスの起源』を買って帰ったことを覚えている。

「紀元後三世紀までのキリスト教徒は、12月25日をクリスマスとして祝ってはいなかった。キリスト教徒は、四世紀の初頭まで、後にキリスト教会の重要な祝日となるこの日に、集まって礼拝を献げることもなく、キリストの誕生を話題にすることもなく、他の日と何ら変わりなく静かに過ごしていた。」

これがオスカー・クルマン著『クリスマスの起源』の書き出しである。それまでのキリスト教徒にとってキリストの誕生日よりキリストの十字架上の史と復活した日の方が重要であった。しかし古代キリスト教会において�爛�リスト論�瓩�成立していく過程で神の子・キリストの誕生が重要視していくことになっていった。

「神は実際に歴史的人間イエスそのものの中に現れたのであり、まさにイエスの誕生の瞬間にすでに神の言葉がこの世に来たのである。」

古代キリスト教会での�爛�リスト論�瓩竜掴世任△蝓▲�リストの誕生日が重視されたのはこのような神学的議論上においてであったと、クルマンは論じている。

ではなぜ12が25日になのか。それは、キリスト教を国境する以前のローマ帝国における太陽崇拝での特別な祝日であった。四世紀に登場したコンスタンティヌス大帝によってローマ帝国の太陽崇拝とキリスト教崇拝を結び付けられた。そこには新約聖書を貫く「キリストは闇の中に輝く世の光であり、彼の来臨はこの世の創造に関わっている」という思想にも合致したというのである。

しかしすべてのキリスト教が12月25日をキリストの誕生日としているわけではない。東方系キリスト教団には1月6日というところもあれば、1月19日というところもある。

ただキリスト教においてキリストの誕生日を重要視するのは、歴史的出来事ととしてではなく、むしろ神学的出来事としてなのである。そこに�爛�リスマスの真の意味�瓩�あるのだと、クルマンは説いているのである。
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