事件を起こさないことは簡単にできたこと。それに比べて事件後にかけた時間・労力。それに伴う経済コスト(お金)の莫大なこと、割に合わないこと甚だしいですよね。
素人が死刑の妥当性を考えるには複雑すぎるケースだと思います。誤解を承知で言えば「執行してもしなくてもどっちでもいい」案件です。ただし、司法や行政が判断を怠らなかったならば、です。
今回のニュースから司法も行政も機能していることがわかりました。そのことに安心します。
でも、やっぱり頭脳の粋が、こんなダメな人が起こした犯罪に能力を使うのって、もったいないよ……別の方向に同じ人的エネルギーを使ったならどれだけ多くの人が助かることかと思ってしまうんですよ。
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元少年死刑執行 重大さ考慮か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4910283
千葉県市川市の会社役員一家4人殺害事件(1992年)で強盗殺人罪などで死刑が確定した関光彦死刑囚(44)ら2人の刑が19日午前、執行された。関死刑囚は事件当時19歳。20歳未満を適用対象とする少年法は、事件当時18歳未満だった少年の死刑を禁じているが、18、19歳は許容されている。同日の記者会見で執行を明らかにした上川陽子法相は事件の被害の甚大さなどから異例の執行を決断したとみられる。
事件当時少年だった死刑囚の執行は、4人を射殺した永山則夫元死刑囚(執行時48歳)の例がある。永山元死刑囚の最高裁判決(83年)は死刑選択の基準として9項目を挙げ、それらを総合考慮するとした。この「永山基準」の一つとして被告の年齢が挙げられているが、永山元死刑囚は死刑判決が確定し、97年に執行されている。
事件当時少年で、死刑が確定したケースはその後も複数出ている。大阪、愛知、岐阜の3府県で94年、男性4人が殺害された3件の連続リンチ殺人事件では、事件当時18〜19歳の元少年3人が強盗殺人罪などに問われ、最高裁で2011年3月に確定。判決は「青年4人の命を次々と奪った結果は誠に重大」と指摘し、少年だったことなどを考慮しても死刑はやむを得ないと結論づけている。
山口県光市の母子殺害事件(99年)では、事件当時「18歳と30日」だった元少年が殺人罪や強姦(ごうかん)致死罪などに問われた。1、2審で無期懲役とされたが上告審で差し戻しとなり、差し戻し控訴審で死刑が言い渡され、12年2月の差し戻し上告審で死刑が確定。この時の上告審判決で、最高裁判事の1人(弁護士出身)が「精神的成熟度が18歳を相当程度下回っている場合は死刑回避の事情があるとみるのが相当で、審理を尽くす必要がある」と再度の審理差し戻しを求める反対意見を示した。
昨年6月には、宮城県石巻市で元交際相手の姉ら3人を殺傷したなどとして殺人罪に問われた事件当時18歳の元少年の死刑が最高裁で確定した。裁判員裁判で死刑が言い渡され、確定した唯一の少年事件で、判決は「事件当時18歳7カ月であり前科はないが、深い犯罪性に根ざした犯行で死刑を是認せざるを得ない」と述べている。【鈴木一生】
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(超耳)
乱暴なたとえをしてよければ、死刑囚を生かしておいた時間に、生かすために監獄の人が働いたりそのほか事務仕事が増えたりしたわけですよね。警察、検察、裁判周りの人的資源もだいぶ使った。それらがたとえば母子家庭の援助をする労力に置き換えることがもしも可能だったら、手広く薄く援助する方に使うことができたら、一人の愚か者にかけた労力で何百人、何千人という人がだいぶ楽になったと思うんですよね。
実際には犯罪が起こらなくても機構は必要なんで単純な置き換えはできないんですけれど。そうだとわかっていても、事件が起こったあとでなんとまあ浪費が強いられただろうと考えてしまいます。
冤罪の余地のないクズの人のことなんかどっちでもいいんです。人権は個人に付与されたものではないので引っ込めることができないこともわかっているのです。避けられないコストなんですけど、でも凶悪犯罪なんて起こしたりしなければ、犯罪そのもので失われたり傷つけられたりした人の命や幸せも、そのあとに発生する莫大なコストも、なくて済んだはずなんだと考えてしまいます。
せめて、こういうクズにかける事後のコストを下げられないかなあと思います。
ダメ人間による富の搾取が放置されていますよね。誠実な弱者はこういうところに富を吸われて苦しんでいる。階級による搾取と違わない。悪い人間が得をする点でそれよりひどい。
ダメな人ほど得をする図式はたいへんよくないですよ。
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