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2017年09月06日12:19

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一昨日、夕方にリハビリを終えたパソコンサポーターのTさんがわたしのパソコンの様子を見に来てくれたのである。そして

「この(不明)メールは、先出し人がない。きっとこのパソコンが自分自身で勝手に送受信しているのだろう。いよいよ早く自分を買い替えてくれといっているのかもしれないね」

と、笑いながら話してくれた。

「今週の土曜日に一度、梅田のヨドバシカメラにでも一緒に行ってNECのブースでいろいろと説明を聞きましょう。帰りになんならば、ジュンク堂書店にも寄ってもいいですよ」

と、まで言ってくれた。

パソコンサポーターのTさんと出会って20年近くになる。その間、ずっとわたしがパソコンで困ったことがあった場合、すぐに駆けつけてくれた。

とくにわたしが�牋貎擁襪蕕鍬瓩鬚呂犬瓩動瞥茵�何度も足しげくわたしの部屋に来てくれては、いろんなパソコンの話をしてくれた。�爛僖愁灰鵤佳翅寮��瓩箸いδ鶲討發靴討�れたりしてくれた。

あるいは東京にいる友人は、わたしが奈良に行きたいと言えば、わざわざ東京から大阪まで駆けつけてくれた。わたしには到底しようにもできないことである。

いやいや、わたしの周囲にはいつもそのような人たちがずっといてくれたように思える。

西谷啓治先生がいなければ、わたしは大谷大学には入学することはできなかった。わたしは合格ラインより下にいた。そんなわたしを大谷大学が西谷先生の思いを�獨崚扠瓩靴得消�先生の推薦ということで大谷大学短期大学部仏教科に入学することを許してくれた。

その西谷先生との出会いを作ってくれたのは、原野栄二先生でわたしが中学一年生の三学期に東淀中学に転校してきて、たまたま母親が市場に買い物に行った際、見つけきた学習塾が原野先生との出会いとなった。原野先生との出会いは、わたしに西田幾多郎・田辺元門弟の先生方との出会いとなり、その先生方から伺った話はわたしにとって人生の財産となった。

あるいは大学を去って一人民間企業に就職しても、わたしは決して一人ではなかった。いろんな人たちの支えによって何とか17年間のサラリーマン生活を送ることができた。

そしてわたしが昨年の10月から一人暮らしをはじめようになって、わたしは決して一人ではなかった。わたしの周りにはいろんな人がいて、いろんな形でわたしを支え、助けてくれている。

わたしは�狄様佑瞭舛砲茲辰騰畛戮┐督困い討い襦�何かそんな気がしてならないのだ。

きっとわたしには�狷銑瓩噺討戮襪發里覆鼻�何もないであろう。しかしわたしには人徳がある。わたしがいう�狄容銑瓩箸蓮↓狢梢様佑瞭銑瓩里海箸任△襦�

わたしは�狢梢様佑瞭銑瓩砲茲辰騰猴イ靴記瓩砲茲辰道戮┐討發蕕辰討覆鵑箸�一人暮らしをさせていただいている、そんなふうに思えてならないのだ。

だからわたしには�狄容銑瓩�あるのだ。
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