JR山口線、D51が44年ぶり走行
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但し、最初に白羽の矢が立ったのはD51200ではなくD511の方。
1979/昭和54年当時同機は車籍が残っていて動態運転の対象機だったこと。また山口線はD51が1973/昭和48年まで定期運用があり当時は現場に経験者が多数いたこと。山口線の環境にはD51が向いていたことなどが選定理由だった(その頃のD51200は梅小路の館内展示走行限定扱いだった)。
尚予備機としてC581も設定されたがこれも近年まで同型機が小郡(現新山口)にいて近隣の駅で入換やってたり美祢線走ってたりで経験者がいたことが大きかろう。
しかし直前になってこれは覆された。D511はその構造上集煙装置が付けられない。山口線でD51が現役だった頃、此処を走るD51にはそれが付いていた。途中田代トンネル・山中トンネルと言った長くてしかも駅を発車してすぐだの、長い上り坂の途中だの、上記が思いっきり煙を吐き上げつつ突っ込まねばならない代物があっては乗務員はたまったものじゃない(他線区だが実際それで乗務員が窒息して殉職した事例や、乗務員が意識を失い運転不能になり列車が暴走して事故になったりしたい例がある)。当時アクティブだった労働組合が当然の如く問題視したためD511は落選!代わりに[繰り上げ当選]したのがC571だった。
このC57という蒸機は、本来はあまり勾配の無い線区を高速巡行する事を前提にしたカマなので山口線の環境(急勾配が多い)には必ずしも向いていない(その性能がいかんなく発揮できる環境なら10両以上繋いだ客車でも涼しい顔して引っ張れる力量があるが、山口線の環境だと5両編成が限界)。
とはいえ、もう30年以上この環境に耐え激務に耐え期待に応えて来た。メンテを担当する各位のご尽力の賜物である。
この度復活するD51200、山口線の厳しい環境もD51には耐えられないモノではない。D51現役当時に携わった人は最早現場にはいないだろう(当時の新人でさえ今では定年退職している頃合いだよ)が、長年C57に携わってきた現場の各位が磨いたknow-howがある。D51もC57も同世代機、しかも多くの路線で肩を並べて役割分担(D51は貨物列車、C57は旅客列車)した間柄だ。
久々にその雄姿を沿線の人々に見せてやって欲しいものだ(^^)/
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